道端挽歌
北井戸 あや子

真実を虚偽で割ることと、真実を水で割ることは
いったい、どちらが罪深い
しかし天秤が水に傾くことは当然である
たった今
目の前を蜘蛛の子が落ちていった

重力を欺けた試しがない

うちも退院したら体調崩してまうわまあしゃあないけどな最近どないなんこっち次やらかしたらもう戻ってこれんくなるみたいやさかい都合ついたら会おか

ある男が隣人の女を刺した日は
蒸し暑い日だったと記憶している
屋上へ行ったものの
飛び降りるでなく立っていた
そのうち汗が目に入り涙が数回落ちたのだが
伸びていく影や汗へ混ざって最早区別はつかず
ふいに空しくなって
輪っかのぶら下がる部屋へ
戻った日のことだ
その男の行いを
隣人愛、といやに整った身なりの字体で吐く書物は
何処迄もわたしに似ている

入水するように
衣服へ言葉を詰めている
そのせいで
まっすぐに
歩けない

眠ることによってしか
(わたしは天才であるわたしは天才で渡しは天災わたしは転載出あるわたし自身はわたしに天才は氏は)
今日は明日にならない
(返してくれ)
眠れないわたしは
(無理なら)
どうすればいい
(棄ててくれ)

無数の憐れみは常識とのさばった面をして
黒黒とあなたを犯すだろう
いつからか決まりきった様式となったそれを
いったい誰が許したのか
あるいは
誰が殺したのか

這っている蟻の列を追うと、そこにはコンビニの袋とケーキが潰れていて
突然に吹いた、乳化するような強い風にくたびれたコートの前を寄せながら
立ちのぼる甘ったるい香りへ、ふと、春に燕を見なくなったことを思い返す
滞りもなく二月はもう近くにあり
それはつまり
わたしがもうじきにあなたの齢を追い抜いてしまうことである
その事柄に饒舌なやかましい意味など
ひとかけらとして
わたしは持たせるつもりはない
今、蟻が運んでいるケーキの欠片よりもだ

当然のことだが
あなたは咎めていい
あなたの為に準備される
すべての事象を
あらかじめ手配された悲しみを
よもや拒絶されるなど
考えることも出来ない輩のために

(許せなど言う手立てはない)
(そして当然、許さなくていい)

その義務を拒み、また、拒むという義務を全うし

そのための言葉が
まるで足らない
嘲笑ってくれ
舌を忘れたあなたを気がふれそうなほど理解しながらも
願ってしまうわたしを
おなじように
拒絶の対象だと
寸分の狂いもなく

生き残りの言葉に事後を、酔い痴れまたはよがりながら、
事後を、だ
身勝手に語らせるなど
許されないことだということを
そして言葉など、傲慢にすぎないということを

いつの日も
死を全うしたものを愛したがる
それを、あなたは拒んでいい
(それは至極、当然のことだが)
(常識の顔をしながら押し付けられるものは)
(いつの日も言葉であって)
足りないままで
余って仕方がない

あなたという事象を
ひとつ、提出する


自由詩 道端挽歌 Copyright 北井戸 あや子 2017-01-31 23:27:03
notebook Home 戻る