忘れ物
梓ゆい

父の匂いがした。

押入れから出てきた赤いニット帽
洗濯をしないで忘れられたまま
今はもう居ない持ち主の匂いを残していた。

「ただいま。帰ってきたよ。」

見えない姿と引き換えに現れた
匂いだけの父。
赤いニット帽を鼻先に押し付けて
胸いっぱいに息を吸い込んだまま
私は匂いを嗅ぎ続けているのだ。

「ただいま。帰ってきたよ。」

父に会えたような嬉しさで満たされながら
手を振る姿と声を思い出して。


自由詩 忘れ物 Copyright 梓ゆい 2017-01-30 05:04:49
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