引き算の挙句、最後に記入される解答となるために
ホロウ・シカエルボク



子供たちはそれぞれに武器を手にして、頭を押さえつけてきた街の中に飛び出していった、程なくいくつもの銃声がこだまする、男の声、女の声、年寄の…さまざまな悲鳴がビル街を跳躍して夜空の黒の中へ消えて行く、ハレルヤ、決戦の時だ、戦争に勝利するのはいつでも幼いものだ、歴史がそれを証明してきただろう?刃物を手にした者も居る、大人たちには決して入り込めないいくつもの秘密基地の中で、人知れず磨き上げた技術…どぶ川のよどみに捨てられた犬猫たちよ、お前らの死は決して無駄にはしない―もうどんなに抵抗されたって、いつでも確実に喉笛を切り裂くことが出来る…目覚まし時計に頭を叩かれる朝なんてもううんざりだ、誰も信じていない教育を押し付けられることだって…身体を鍛えたやつらは素手で首を捻じ曲げる、バイパスは血塗れの死体だらけさ、決してそんな風に死にたくはない、そんな多種多様なモデルがあちこちに転がっている、判るだろう、誰も君たちが歯向かうなんて考えていなかったんだ、支配者としては最低の部類さ!子供たちはときの声を上げ、車を奪い、死体を踏み潰しながら真夜中の街路をデロリアンのようにダッシュする、真っ先に頭をねじ切られたのは十七歳のドライバーの母親さ、なんていう偶然だろう?子供たちはかつてない興奮にまだ幼さの残る頬を上気させながらアイフォンに取り込んだビートルズに合わせて大声で歌う、まだ、ロックンロールだけを歌っていたころのビートルズのサウンドさ、子供たちにしてみればそれは、誰かを殺すときにこれ以上ないという音楽だったんだ―「次はどこに行く?」助手席の少女が言う、「隣り街さ」ドライバーの少年が答える「そこに親戚が居る」「午前中に山に身を隠して、日没とともに始めよう」「いいわ」少女はにっこりと笑う「素敵な夜になりそうね」「もちさ」少年はアクセルを踏み込む、激しい回転音を上げて舗装の剥げかけたアスファルトの上でタイヤが鳴き声を上げる、子供たちはいつだって未来なんか欲しがっていない、いまどこに行くか、いま何をするか―したいかだ、彼らは導かれることを好まない、彼らは押さえつけられることを好まない、いつだって気の向くままにアクセルを踏みたがるのみだ、「ねえ」とバックシートのそばかすだらけの痩せた少年が助手席の少女を指さして言う「車を止めて、みんなでこいつをやっちまおう」「やめてよ」少女は苦笑いをしてそいつの頬を小突く、だが、次の瞬間、激しいブレーキの音を響かせて車は後輪を滑らせながら砂漠のど真ん中で止まる、エンジンが息を潜めると完全な暗闇だ―そして、助手席側のドアがティンパニのような騒々しさで止まり、少女の影が飛び出す、少し遅れて、残りのドアが開き、少年たちの影がそれを追いかける、少女は大きな武器を持っていないし、走るのがとても速い娘なので、いかに殺気立った少年たちでもすぐには追いつけない、「待ちやがれ!」「このアマ!」そんなことを叫びながら少年たちは砂に足を取られ、なかなか上手く走ることが出来ない、少女はとても上手く砂の上を駆けていく…ろくに明かりもない夜の中で、少年たちはすぐに少女の姿を見失ってしまう―が、少女は遠ざかっては居なかった、暗闇と、足音を消す砂を上手く使って、少年たちの背後に回り込んでいたのだ、銃声が五つ、静まり返った夜の中に鳴り響いた、少年たちの怒号はそれに合わせてひとつずつ消えた、最後に消えたのは怒号ではなく命乞いだった、少しの静寂のあと再び車のドアが開かれ、車内のライトが少女の姿を浮かび上がらせる、とても白けた、とても白けた表情をしている、運転席で彼女はスカートをめくりあげ、太股に装着したホルスターに不似合いなほど大きな銃を差し込む、「用意しておいてよかったわ」そんな、ひとりごとを言う…えーと、という感じに首を捻りながら、小さな手がキーを掴み、捻る、身軽になった身体を喜ぶようにエンジンが激しく震える…少女はハンドルやペダルを慎重に確認して、それからようやく車を走らせる、「少し順番が変わっただけのことよ」そんなことを呟いて、ほんの少しスピードを上げる、隣り街に行く気なんかない、まずは気に入ったところを見つけることから始めるつもりだ。


自由詩 引き算の挙句、最後に記入される解答となるために Copyright ホロウ・シカエルボク 2017-01-05 21:44:29
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