やまうちあつし

街なかで魚を見かけた
夕暮れの人混みをスイスイとすり抜けて
駅の方角に泳いでいった
海中でもないのに魚が生息しているなんて
奇妙なことだと思ったけれど
通行人は気に留める様子もない
私がこれまで気づかなかっただけで
魚とは陸地にも潜んでいて
何食わぬ顔をして泳いだり産卵したり
生息しているのかもしれない
さて
駅へと急いだあの魚は
いったいどこへ向かうのだろう
不思議そうに立ち尽くす私に
通行人の一人が耳打ちをする
海を目指しているんだよ
海を?
当たり前じゃないか
いきものはみな海を目指すのさ
いくら泳ぎが達者でも
あまりに遠すぎるからね
ごみごみした都会を泳いでいくには
過酷すぎるのさ
私は故郷の浜辺を思い浮かべた
そこに置いてきたもの
そこから持ってきたもの
そこで失くしたもの
そこに大事にとってあるもの
私は駅の方向に
歩き出していた
電車の時間には
間に合うはずだった


自由詩Copyright やまうちあつし 2016-11-22 13:25:47
notebook Home 戻る