『咲いていた』
葉月 祐





雨上がりに
名前も知らない花が
芯まで濡れながら
凛と咲いていた


雨の匂いは
濡れた土や
草花の匂いを
際立たせている



木々は細かい秋雨を
その全身に受け
むせ返る程の
季節の木々と葉の匂いを
あたりに充満させた


久しぶりにつけたはずの
お気に入りの香水は
数分間 雨を身に受けると
あっという間に
その香りを失ってしまった


シャンプーやボディソープ
柔軟剤の微かな匂いまでも
すべて雨に染まる
私は身につけていた
様々な香りを失いながら


まるで自然の一部となり そこに溶け込んでいくようだった


そうして
髪や上着がしっとりする頃
私には ただ
雨とヒトの匂いだけが
染み込みながら 残された



雨雲の裂け目から
音も無く射し降りてくる
限界まで色をそぎ落とした
長く美しい 金色の梯子が
雨の終わりを人々に告げていたらしい



触れる事の出来ない
無数の梯子を眺めて
私は ひとり
傘も持たずに
雨上がりに咲いていた


冷たい風に吹かれ
白い太陽に照らされ
足元にきらめき
名前を覚えられず
誰かに呼ばれる事も無い


その小さな花達と同じように


髪や頬から
雫の名残を滴らせながら
ひとり
歩道に咲いていた
そう ただのヒトとして


並木道に列を成して
幾度と無く人々に
季節の到来を告げてきた
今は黄金色に染まりきった木々と共に
花は秋風に優しく揺れている


青空を再び覗かせた
深みを増した空の下で
私は風に揺れる事も無く
雨に打たれて くっきりとした
自分の輪郭を感じとっていた



雨を吸い込み
凝縮された自然の空気と
雨に流され 残った
ヒト自身の確かな匂い
人工的な香りはすっかり洗い落とされた


残された
力強く独特である
そのすべてを
この身に纏うようにして




何度でも私は 私というヒトの花を咲かせるだろう

真の姿のまま ここに立ち 命のままに咲き誇るだけだ












                        


自由詩 『咲いていた』 Copyright 葉月 祐 2016-11-08 18:48:47
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