ブローニングM1910
ホロウ・シカエルボク

いくつもの美しいあかりが
真夜中の街路で飛び散る
若者たちは短い騒乱の中に飛び込んで
明日など要らないとうそぶいて見せる
ひび割れた舗装に隠された置手紙には
取るに足らない歌い手が書き殴ったさみしい詩
激しさが虚しさに過剰な火をつけるとき
キャデラックのホーンが高らかに鳴り響く


どこかの庭先から逃げてきた鶏が
いかがわしい儀式の生贄になる
血の聖杯を飲み干せ、呂律の回らない神官が
もったいぶった調子で呪いの始まりを告げる
二束三文の舞台だ
古代から繰り返されたいかさまの催しだ


アンジー、おまえのブーツは
この街を歩くには煌びやかすぎる
おれの部屋で少し脚を休めてみちゃどうだい
貧乏人にも買えるワインと
石のようなパンしかないけど
生まれたときから餓え続けているおれたちみたいなやつらにゃ
ハイになるにはそんなものでも充分過ぎるのさ


朝日と夕日が気が違うほどに入れ代わり立ち代わり
おれたちの脳天を引っ搔いて行く
誰かドクターに電話をかけてくれ
昨日の夜から一睡もしてないんだ
ラジオで流れるロックンロールがおれを眠らせてくれない
どうしようもない高揚が胸の中で渦を巻いている
なのにそれをどうすればいいのか判らないんだ
寝床の上で寝返りを打ち続けるだけだったんだ


ある日、やっぱりこんな夜遅くに友達が訪ねて来て
どこそこのストアーに押し入って食いものをたらふく頂こうぜと囁いた
話に乗ったのは腹が減っていたせいじゃない
退屈でどうしようもなかっただけなんだ
薄暗い照明の中でおれたちに脅された薄毛の貧相な老人は
レジの下の引き出しからオートマチックを取り出した
思わず引き金を引いたのは俺の指先で
お守り程度の小さな銃でも人は死ぬんだと知った
あまりのことにおれたちは怯えて
何も取らずに逃げ出した
今思えばもったいないことをしたものだ
おそらくあんなこともう二度とないだろうに


朝も昼も夜も悪夢を見た
それは現実にこの目にした風景だった
硝煙のにおいさえ漂ってくるようだった
罪の意識かって?そんなお上品なものじゃない
それは混じりっ気のないショックのようなものさ
それはある意味でおれの額も撃ち抜いていったんだ


昼前にレトルトのスープを火にかけて飲んだけれど
溶けた蝋みたいで途中で嫌になった
服を着替えてどこかに出かけようかと思ったけれど
どれだけ考えても行きたい場所が見つからなかった
どこかへ出かけるとその場所で
誰かがおれに銃口を向けるような気がしてさ


あんなことはよくあることだし
いまじゃローカル・ニュースでさえ無関心な出来事さ
あの次の日おれはずっとチャンネルを変え続けてそのことを確かめたんだ
みんなそんなことにはすっかり飽きちまっているんだ


だから、アンジー、少し休んで行かないかい
安いワインと硬いパンを食べて
リラックスしていかないか
おまえがいつも忙しくしてるのは判ってる
だけどいまのおれには感情のやり場がないんだ
二人でラジオを聴いて
いかさまなダンスを踊ったりしようぜ
誰かが居なけりゃ出来ない遊びばかり選んで
卑しい生まれから少しの間抜け出そうぜ


いくつもの美しいあかりが
真夜中の街路で飛び散る
たまに自分から欲しがると
必要以上になにもかもなくなる
ひび割れたガラス窓がひび割れた心を映している
バカ騒ぎが収まる前に
舌打ちをしながら眠ってしまいたいけど
騒いでるやつらはおれの都合になんか合わせてはくれない
たとえば近所のパブの名前なんかを
きちがいじみた声量で叫んで
エキゾーストをバラ撒きながら走り去ってしまう
あとには安堵した普通の人々の
普通の人々の安らかな寝息があるだけだ
おれは枕に顔をうずめて
初めて神に祈りを捧げる
いつか一度だけおれの首に触れたアンジーの
服が擦れるみたいなささやかな笑い声が耳元をかすめる


自由詩 ブローニングM1910 Copyright ホロウ・シカエルボク 2016-11-03 21:43:41
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