かつて勇者と呼ばれた者
たいら

勇気ある者が勇者と呼ばれる者ならば
少なくとも自分にはその資格は無いのだと思う
此処へ至るまでの道中
幾度と無く故郷へ帰ろうか悩んだ
目の前で幼子が喰い殺されたとき
冬山で食糧が尽きて木の根を齧る他無かったとき
魔物の毒に冒され三日三晩死の淵を彷徨ったとき
魔王と刃を交えているこの瞬間でさえ

目の前のこの男は何者なのだろう
何の為に戦っているのだろうか
自分は何者で、何の為に
そんな疑念を振り払うように

幾千幾万の魔物を屠り
悍ましい血と肉にまみれ
すっかり錆び付いてしまったそれを
最早剣と呼ぶ事すら躊躇う鉄の塊を
振るう
叩きつけるように
全身全霊を
己の存在全てを込めて




一人凱旋の道を往く
あの男は何者で何の為に戦っていたのか
結局その答は分からず終いで
残されたのは空っぽの自分だけだった
今はそれでいい、帰ろう
そう己を奮い立たせ
霧が晴れた世界を塔の上から一望したのち
元来た道を再び辿る
涸れた毒沼を渡り
草花芽吹く雪山を越え
腐臭漂う廃村を抜けて
故郷へ




かつて勇者と呼ばれた者は
求めていた答を生涯得ることの無いまま
羊飼いの家の、小さな庭のその片隅で
愛する父母と静かに眠る。


自由詩 かつて勇者と呼ばれた者 Copyright たいら 2016-10-21 00:50:22
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