判らないものがおまえを生かしている
ホロウ・シカエルボク



白夜のように月が燃えあがる夜に暗色のシーツに包まれた寝床におまえは横たわる、清潔な寝室のそこかしこに蛆虫のように蠢いている憤りの欠片、それはすべておまえが隠した懐から零れ落ちていったものだ、もぞもぞと床の上で、淡い影のような、あるのかないのか判らないようなそいつが時のない時の中を生きている、おまえは仰向けになっているが目を閉じてはいない、数百年もそのままで寝ているミイラのように目を見開いて、天井から垂れてくる雨垂れのような詩情を眺めている、それは決して書き留める気分になれない羅列、決して指先まで到達することのないインスピレーション、そうさ、まさに寂し気な雨垂れのように滴っては濡らすことも叶わずに蒸発していく、蒸発してしまう、消えていくそれらはいったいどんなところへたどり着くのだろう、叶わなかった詩情―叶わなかった雨はきっとまた空へと戻っていく、だからいつかは叶うことがあるかもしれない、だが、叶わなかった詩情は…亡霊のようにそこに留まることさえ出来ない連中は…幼い自殺者のように哀しい憤りを長く残して居なくなる、居なくなってそのまま忘れ去られてしまう、彼らにアドレスがあればいい、そうすればおまえは彼らにいつかコンタクトを取ることが出来るかもしれない、電話を鳴らしてもいい、メールを送ってもいい、もう少し親しい仲ならラインで小洒落たスタンプを送りつけたって構わない、でもそうしたところできっと返信はないだろうけど…そもそも彼らになにかを発することが可能なのかさえ微妙なところだろう―なあ、いつまでそうして目を開けているつもりなのかね?明日も早いだろうに?―もちろんおまえ自身にもそうしたことは充分よく判っている、誰に言われることもない話だ、だけどおまえはそうして目を見開いたまま横たわっている、まるで死体の真似事をしているみたいにだ―おまえは時々そうして寝床の中で、夜というものを死のように感じてきた、寝小便を垂れていたころからだ、寝床の中で見上げる天井の暗がりがグラデーションをわずかに変えるとき、そんな景色の中でウトウトして、現実と夢の境界があやふやになるとき、おまえはいつでもこのまま死ぬのではないかと考えた―ある意味でおまえは、毎晩のように死んでいたのだ、毎晩のようにその恐怖に慄いていたのだ、何故だ?まだ死ぬこともないのに、何故だ?薄暗い小さな寝床の中で、蠢く影の中に何を見ていたのだろう―?そうしてあの頃と同じように目を見開いていると、おまえはなかなか寝返りをうつことが出来ない、目をそらすと殺されるかもしれないとどこかで感じているのかもしれない、もちろん本気でそんなものに怯えているとしたら、とんだ笑いものだろう、だがそれはまるで在り得ないということではない、運命というのはいわば慈悲深い殺害者だ、あいつらはいつでもおれたちを殺すことが出来る、もしかおまえはそいつらがやってくるのを待っているのかい、もしそうだとしたら、どんな意味合いで、どんな理由でそうして待っているのかい、拒むためかい、それとも受け入れるためかい、ええ、どんな理由でそうして待っているんだい、待っていることに果たして、理由は必要だと思うかい…そうだな、もしかしたら必要のないものなのかもしれないな、待つと決めたら待っていればいいんだ、それだけのことかもしれないな―そこになにかしらの思惑があったとしたら、きっとおまえは裏切られるだろう、思惑というのは得てしてそういうものだ―おまえの頭の中では寝床に入る前に聴いていた音楽が流れている、音楽が終わった夜に、おまえは眠りにつくだろう、だけどそれはまだ先の話で、理由のない逡巡はもっともっと深く続くだろう、おまえは小さなころから寝つきの悪い子供だった―理由についてはさっき話したよな―おまえはそいつを見たいのかい、おまえはそいつを拒みたいのかい、それともそいつを受け入れたいのかい…その問いはもう終わったって?問いかけとは繰り返されるものだ、繰り返されれば意味合いが違ってくることがある、問とは答えを導き出すためのものじゃない、それについてもう一度考えてみるためのスイッチなんだ、おまえは寝床の中で目を見開いている、それは初めての夜ではないはずだ、人間の一生は繰り返される問だ、おまえはこれからも問いかけを繰り返して生きていく、そしてその問いに終わりがないことを、子供ではないおまえはもう理解しているはずなのだ。


自由詩 判らないものがおまえを生かしている Copyright ホロウ・シカエルボク 2016-10-20 00:22:44
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