渡り鳥伝説
白島真
それを言うと
渡り鳥のことを思い出す
羽搏いていた鳥が
水面に映った自分の姿を認めると
鳥は堕ちる
波が代わりに羽を動かす
と言うのは便法で錯覚だ
鳥が波に唆されて
浮かぶ赤い実を啄んだから
(とでも言っておこう
「魅力」という言葉を
初めて知ったときのことを覚えている
十歳の放課後だ
だが、「鳥」や「認識」「二元論」「をかしみ」を
いつ知ったかは覚えていない
もちろん
「私」という言葉は今でも知らない
蝶々を知って
何でも蝶々、蝶々と言って
諫められたので
言葉と世界が繋がった
(とでも言っておこう
ほんとうに
「言葉なんておぼえるんじゃなかった」だよ*
私が
鳥になる
唆した蛇はもういない
諫めただろう親ももういない
関係を持ったのは
女より言葉の方が事件だった
私が鳥であると言うと
世界は真っ二つに分かれる
ここに在ることが
意味を持ち始めると
私は空を飛ぶさわやかな
渡り鳥になれない
ほんとうは
言葉を使わない詩人になりたかった
透明なくにから
透明なくにに渡ってみたかった
でもそれは無理だから
私は堕ちながら
空に逃げる
*田村隆一《帰途》より