その傷が疼くために
ホロウ・シカエルボク



乖離した俺の右半身が壁の亀裂の中で瞬きの真意を窺っている、先週までの熱が嘘のように冷えた部屋の中、とある境界線の上から確かに爪先は僅かに踏み越していた、変えたばかりの蛍光灯の白色がギロチンのように睡魔を切り刻むとき、俺の目の玉は裏返り眼窩の暗闇に逃げ込んだものを探す、絡み合う視神経を潜り抜けながら…


見開いたままの真夜中を塗り潰すために俺は語り始めた、いや、もしかしたら騙っていたのかもしれない、俺の真実は俺以外のものには出鱈目な羅列にしか見えない、ハロー・フレンズ―脳味噌を取り換えてみるか?俺の原子の羅列はお前を精神の狭間に弾き出すかもしれない、すべての回路を這いずり回って構築した俺だけのノウハウだ―そこには合理的に稼働するものなどなにひとつとしてない、現象というリアリズムのために俺はそうしたプログラムを組み上げたのさ…焦点が定まっていなければ不断の努力は水泡に帰するだけだぜ、スタンスをいくら語ったところで積み上げた煉瓦がなければその価値は嘘だ


インストゥルメンタルの中にも歌は存在している、ミュージシャンはサイレントと友達になればいいとキース・リチャーズは言った、あらゆるものを端的に語ろうとすれば―カオスを排除するのは愚の骨頂だ、求めない答えこそが答えだということだ、花を語るなら土ごと繰り抜いて持ってこい、俺が欲しいのはいつだってそういうものだ、無菌室の中でだけ通用する真実を差し出したところで、感染症にやられて黒ずんでしまうだけさ…誰も眠らない寝床は客を取ることのない売春婦の股座のようにぽっかりと空いている、それは二度と埋められることのない闇だ


とある無人島に残されたホテルの廃墟に、オードブルの準備がされたままのテーブルがある、その皿の上の食物はとうの昔に塵になって消えたが、魚の骨や飾り物などはそのまま転がっている、いくつの細菌が、いくつのバクテリヤが、いくつの虫が、いくつの小動物が、いくつの獣が、いくつの鳥がそれらを屠ったのだろう、俺はそいつらの歯形をすべて変換する、変換してこうして並べている、そうしてそれはおそらくがらんどうの廃墟のことをイマジネーションの中に投げ込むために―植物はコンクリートを駆逐し、枠木は腐り落ち、切り開いた内臓のような臭いを漂わせている、お前に判るだろうか、その光景を塗り潰す詩のことが、壁の亀裂の中で息を潜めている俺の浮遊した意識が…木々の枝の合間を縫って、割れた窓から差し込んだ光は始まりの言葉のようだ


俺は寝返りをうって新しいブロックに手を付ける、ドラマツルギーやロックンロールの真似事をするのはもう飽きちまった、これからは自分が手にしたものに責任を取るだけさ…リズムが生まれていた、いつでも、無意識に弾き出されたものたちから―それは俺の血流を判りやすく語り、俺の心拍数を正確に映し出して見せた、もちろん、オシログラフが提示するものと同じではないが―人体はノイズだ、およそ百年間稼働し続けるエンジンだ、それはノイズの集合体なのだ、パソコンのディスプレイの中では古いギグの映像が再生されている、悲鳴のようなディストーションの中で、女が小便を垂れ流して寝転がっている、こいつらは知っていた、それはポエジーが行きつく場所だって…ふふふ、ひひひ、俺は笑い声を上げる、だが俺には小便を漏らして見せる必要はない、だって、いまさら、そんなこと―ブルーシートで守られたアンダーグランドのステージは、なんだか悲しい気分にもなるじゃないか―?


お前は星空を賛美し過ぎる、お前は愛を賛美し過ぎる、お前は孤独を賛美し過ぎる、お前は静寂を賛美し過ぎる、お前は爆音を賛美し過ぎる、アヴァンギャルドを賛美し過ぎる、インテリジェントを賛美し過ぎる、オプティミズムを賛美し過ぎる、ペシミズムを賛美し過ぎる、シニシズムを賛美し過ぎる、ニヒリズムを賛美し過ぎる、アナキズムを賛美し過ぎる、権威を賛美し過ぎる、韻律を賛美し過ぎる、リリックを賛美し過ぎる、ステートメントを賛美し過ぎる、簡潔なものを賛美し過ぎる、冗長なものを賛美し過ぎる、そのどれもを俺は信じなさ過ぎる、イズムは誰かと手を繋ぐための合図さ


壁の亀裂にナイフを差し込んで、乖離した俺に裂傷を与えた、乖離した俺は恨めし気な顔をしたが、大人しく俺の肉体の中に溶けて消えた




そうして、俺の腕には、鋭利な裂傷がひとつ。



自由詩 その傷が疼くために Copyright ホロウ・シカエルボク 2016-10-14 00:32:46
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