ふたたびの夏
そらの珊瑚
万年筆の血液が乾いてしまったようだ
無理もない
数年うっかりと放っておいたのだから
いちにち、はとても長いくせに
すうねん、は
あっという間に感じるのはなぜだろう
風、が通り過ぎていく
透明な流動体が何も記さず
ただ通過してゆくだけなのに
なぜかその風を知っている気がしてふりかえる
あなたは誰ですか
万年筆のペン先を
ぬるま湯を入れたコップに挿しておく
止まった時間が解凍されて
命が巡りはじめるようにと
もしも花が咲いたなら
まさかひまわりとはいかないだろうが
万年筆ではなかったとあきらめて
土に埋めてしまえばいい
今年は蝉の声が少ないようだ
キミたちが産まれた七年前に何かあったのだろうか
大人になれなかった蝉は眠るように死んだのか
そう思案してみても夏は夏でしかない
特定の夏を取り出すことは出来ないし
それが答えなのだろう
昨日のことさえすでにおぼろだし
なんなら過去を都合良くすり替えることもできる
優しく残酷な手順で人は
悲しみだって上手に薄めてゆけるのかもしれない
せめて今日
息を吹き返した黒で文字を書く
書かないことで
刻まれていくこともあるけれど
書くことでしか
確かめられないこともある
風は
無言で
蝉は
啼くことで
この夏ごと
生きていることを共有しているように