音楽が聞こえる
ただのみきや

フロントガラスの向こう
傘をさした女が滲んでいた
雨にうなだれる花のように
あれは昨日のことだろうか


瞬間の感覚の飽和を無限と呼ぶしかなかった
悲しい詩人の形見 憂鬱
古い壜のように閉じた時間から漏れてくる 
甘く 饐えた 匂い


手も足もなく
顔もないのに
踊り おどけ 憂い
悲しんだり 喜んだり
音楽よ
姿も形もなくおまえは来て
草原に変えてしまう
風が吹き分け
夜明けの星のように遠い奇跡が
掌を冷たく駆け抜ける
ナイフのような軌道
捕らえられた言葉が震えている
朝露光る蜘蛛の巣で
夜を愛し続けて死んで往く
孔雀の翅を持つ蛾のように


理性は寡黙にパズルを解く
誰もが武装する
理屈の工具箱は授業に必須だと
雄弁に積み重ねられた規格サイズの空箱が
この街の正体だ
新しい迷信で
七色のアイスクリームで飾ろうじゃないか


よくあたまをぶつけるこどもだった
傷だらけなんだ考えること全てが
街に火を点けろ
おれを生きたまま火葬にしろ
そして不完全燃焼の臭い黒煙で
この美しい国の夜明けの四十万に
書き連ねよう
なに一つ
書きたいことなんかないままで
音楽に合わせて踊るよぅに
踊らされるコブラのように
そうして恐怖すべき無限の空白へ
大いなるしゃれこうべに吸われて
消えて往け


心の真中から雨は降り始め
女は印象だけを残して溶ける
遠くで叫ぶ 誰かが
笑いながら一刺しにした
愛は見送る行為が一番だと口づける
濡れたアスファルトに映る顔


権力者の不祥事こそ大衆のチューイングガムだ
繰り返しそう学んでもの覚えの悪いまま
嬉々として音楽を失って往く
溢れかえる音楽の中で
溢れかえる詩の中で
釣り上げられた魚だけが知る
水という日常の奇跡を
深く呑み込んだ美味いものが
はらわたを掻き裂く新月に変わる頃
おれたちは笑いながら呻きながら
死に狙いを定め
あらゆる空想ゲームを総動員して
自分のご機嫌を取るのだろうか
それでも構わないが
たぶん違うのだ
揃えた草履のようにどことなく

美しい人よ
あなたは概念でしかない
恨みも憎しみもなしで
その翼の下で休みたい
愛しのセイレン
死の連綿 紅い川がどこまでも続く


こどもたちよ
別の道を往きなさい
いつも迷う象徴の森に積もった枯葉の隙間から囁きかける
海を包んだ琥珀を見つけても
そこへは飛び込むな
死と永久に結ばれたまま生の抜け殻を晒し続ける
一匹の蟻がわたしなのだ

そしてわたしとは
おれのことだ
《おれは嘘つきだ》
矛盾は思考に明滅をもたらす
即興演奏のミストーンから生まれた詩中のバグ
己の夢を貪り失くした味覚を憂いで涙を流す獏

ではあなたは誰だ
何者なのだろう
今これを読んでいるのは
――混濁しそうだ
ひと時だけそよがせて
消えてなくなるまで
一節の歌のように




         《音楽が聞こえる:2016年6月11日》










自由詩 音楽が聞こえる Copyright ただのみきや 2016-06-11 22:18:28
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