「そしていま、最後の曲が消えた」
ホロウ・シカエルボク





沈殿と沈黙の
まだらの模様が
僅かに振動しながら
消えていくまぶたの裏
かすれた声の行き先
天井のすみの薄暗がりに
待ちぼうけ食らった今夜の夢は
濡れ続ける表通りの街灯の明かりの下に
もう死んだ人間のトランペットが
ドームタイプのヘッドホンで人生を書置きしている
鼓動はいつか止まることを考えながら
いまは順調に肋骨を持ち上げている
月曜日が始まって一時間と三十分余り
俺はまだ昨日の中で
眠らない理由を箇条書きにする
入浴を省略した肌が
清潔な両生類のようだ
でも、そのおかげで
明日目覚めてすぐにやることがある
どんな片隅にいても
目覚めてすぐやることがある
俺の脳味噌のメモは
些細なことを重要視する
そうでなければ
ただ書かれたものを読むだけになってしまう
一行の文章には三行ほどの、あるいはそれ以上の意味合いがある
「俺は読み飛ばすことをしない」
この夜にはそう書いてある
待ち合わせ場所で置き去りにされるかもしれない今夜見るはずの夢の代わりに
死んだ人間が奏でた音楽の記録は生きているだろうか、これは以前にも書いたことがある
きっと俺がこんなものを書き続けることでなにか得るものを求めているとしたらそんな問いかけの落としどころだ
それは本当のことじゃなくていい
それはその時(たとえば今夜このとき)、ああそうか頷けるようなものであればそれでいい、もとよりそれ以上の真理など人間に書くことは出来ない
俺たちは真実の周辺を飛び回る蝶に過ぎない、蜜の一滴のような真実の破片を求めて、ふらふらと、ふらふらと…風に煽られながらね
でもそいつは確実にその地になにかを残すことになるんだ、判るだろ
どんな種でもばら撒けばなにかが発芽する
そしたら今度はそのことをうたえばいい
それを育てるのは、水や空気はもちろんだが、それ以上に
心の動きに敏感になることが重要だ
紋切り型の解釈はそれ以上どこへも行けない、といって奇をてらったようなものがいいのかというとそうじゃない、要はすぐに答えを出さずに少し考えてみることなんだ
(たとえばこんな、眠る気がしない真夜中なんかにね)
考えてみれば俺はいつでも真夜中に詩を書いているような気がする、多分俺はこんな時間にこそなにかを頻繁に考えているのだろう
思考するにはいろいろとやり辛い世界だ、考えずに済ませようと思えば
それで済んじまうものがたくさんあるせいだ
だからみんなつい早押しクイズみたいに我先に自分の答えだけを喋ろうとするのさ
俺には昔からそれはすごく不思議なことだった、でも今はそういうものなんだろうと認識している、そんなことについてあくせくやってみたところで誰の意識を変えることもおそらく出来ないからね
だって俺は自分のことでいつでも手一杯なんだから
音楽越しに聞こえていた雨の音がやんだ、それは非常に興味深い現象だぜ、なんたって本当にやんでいるのかどうか判らないんだ―このヘッドホンを外してみるまではね
でも俺は外さないんだ、そんなこといまはどうでもいいことだから
いまの俺にとって雨が降っているかどうかなんてことはどうだっていいことなんだ、必要のないことなのさ、屋根に穴でも開いているならまた別の話だけどね
ウダウダと話す癖のないやつは、いつまで経っても同じ言葉だけを繰り返す、まるでテープレコーダーに録音されたものをオートリバースで再生し続けるようにね
俺は些細な旋律を繰り返し読みながら、沈殿と沈黙を繰り返し、本当に押し黙るときの準備をする、それはどんなものにも必ずやって来る瞬間だ、そのあとで俺の記録したものたちはどこかで息づいてくれるだろうか?まあ、死んだ後のことなんてどうだってかまわないって言っちまえばそれまでだけどね
俺は音楽を流しながら詩を書く、そうしておけばうんざりするほど長いお喋りになりそうでもこう書くだけで終わることが出来るんだ、魔法の言葉さ…



「そしていま、最後の曲が消えた」




自由詩 「そしていま、最後の曲が消えた」 Copyright ホロウ・シカエルボク 2016-05-30 02:18:30
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