街を抱く街
あおい満月

そこは、どこへいっても、
同じ通りだった。
人の声や気配はするが、
誰もいない街だった。
けれどどことなく誰かの眼差しを感じた
誰かが見ている。
街が私を見ている。
この街全体が誰かのようだった。
街が街を抱いている。
街が呼吸をしている。
地面から鼓動が聴こえてくるような、
気配が私の皮膚をすべりおりる。

路地裏から、
少年が表れる。
少年は私にひとつの水晶を渡す。
氷のように冷たい水晶に、
昨日の私が映りこむ。
少年は猫のように歯を剥き出して
笑うと路地裏へと消えていった。
少年によく似た猫が欠伸をしている。

街の中心に、
一本の塔がたっている。
(バベルの塔)
よく似ているが、
人はいない。
けれど塔にも人の気配がする。
どこからかパンを焼く匂いがする。
一軒のパン屋があった。
こんがりと焼けたパンたちが、
私を見ている。
ひとつ買おうと店員を呼んだが、
誰も出てこない。
あきらめて立ち去ろうとした瞬間、
腹部に何かを感じた。
まるであのパンを食べたあとのような
満腹感だ。振り返ると、
パンがひとつ減っている。

不思議な街だと思いながら、
通りを進むと、
気がついたら家の前にいる。
なかにはいると、
母親がうたた寝をしている。
のどかな日曜日だった。
初夏の午後は、
時々私に幻を見せる。
夏草の茂みに、
何かが見えた。
白い光がきらり、
風に跳ねる。




自由詩 街を抱く街 Copyright あおい満月 2016-05-11 21:22:08
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