病棟幻想
レタス
病棟の廊下を行き交う
光を亡くしたオブジェたちは
意味のない言葉を呟きながら
閉ざされた空間を彷徨っていた
秒針の動きに従い
その営みは飽くことなく続けられる
影さえ失った彼らは
味覚という旋律を享受する事を忘れ
色彩と質量の無い食事を貪り
鋭い監視のもとに薬剤を投与される
残された自由はベッドに横たわり
錯綜する過去の夢を繰り返すだけだった
6時の起床に整列し
睡眠時間と尿と排便回数を報告させられ
朝の陽ざしに照らされた回廊を
食堂へと連行されてゆく
ストップウォッチを握った看護師の視線のもとに
冷めた飯と味噌汁と少しのおかずを流し込み
白いベッドに回帰する
家族や友人のいない彼らの日常はとても静かで
外界には無い平穏が訪れる
あの空間は何だったのか
今は想い出すこともできない