北大病院にて
ただのみきや

予約時間に早すぎて
十数年ぶりに弘南堂書店へ往く
見慣れたブックオフとは違う
天井近くまで積まれた学術的古書に
おまえの目は泳いでいる
楽しい散策 わたしには
安い棚から掘り出した一冊は
1957年に出版された
詩集「光の山稜」  
詩人「盛口 襄」
少々黄ばんで
二百五十円
発売時と同じ値段

携帯を覗けばよい時間だ
広い駐車場を横切った
おまえの歩幅は広い
猫みたいに静かに歩く
生まれた病院で
手術をするのかもしれない
恐れも不安も見せず
矯正科の待合室で
おまえはスマホでゲームをし
わたしは西脇順三郎を読む

歯科衛生士に呼ばれて行ってみると
数人の学生が医者と一緒にいる
大学病院にはこれがあるのだ
検査には一時間半
十七歳
親がはべる必要はない
カフェテリアへ降りて往く

ほのかに暗い吹き抜け
エスカレーターで滑るように潜る
鯉の水槽のせいか
水生昆虫の面持ち
水草や黒髪が揺れリズムがシュルリ
十年ほど前に大学内の博物館に
ファーブルの昆虫標本が展示された
あの時なぜか生きたタガメもいた
わたし幼稚園の発表会の劇で
立候補してタガメの役をやった
オタマジャクシを襲う悪者で
ザリガニと喧嘩してお互いに倒れてしまう役
ところがもう一つの劇と
時間の都合で一つに合併されて
海の中の劇でタガメの役をやった
魚たちと一緒に
だから何だ

カフェテリアは賑わっている
入院患者
通院患者
お見舞いの人
病院のスタッフ
丁度よい
柱の影の椅子に潜む
ミネラルウォーターを飲みながら
顔を上げると美しい娘が微笑んでいる
当然わたしにではなく後ろの誰かに
どぎまぎして目を伏せる
純粋さは深く鋭く刺さる

十七年前
息子はここで生まれた
難産だった
あのころカップ麺の販売機があったが
今は見当たらない その代わり
衣類まで売っているローソンがある
熱帯植物の温室はまだあるようだ

一歳半か二歳くらいの子どもが
ぺたぺたと歩いている
広い場所が楽しいようで
何やら読んでいる老人の
前でその顔を下から覗き込む
にこりともしない老人が
にこりともしないで微笑んでいる
そういう不器用な男は何処にでもいる
子どもを見る目が恐そうで優しい

わたしの方へは来ないが良い
純粋なものは痛い
酒も砂糖も
薬もそうだ
純粋すぎるものは身体に毒だ
置き忘れた父性
隠された幼児性のミイラ
埋められない喪失感
粉っぽい善意
甘ったるい偽善
あらゆる扉が半開きになり
涎みたいに
田螺みたいに
はみ出してしまう
奇妙な哀愁
いい匂いではない
精神の加齢臭だ

目はいつまでも
屈託のないものを
憑かれたみたいに追ってしまうから
順三郎へと逃げ込もう
彼は学のある詩人
どことなく哲に入りながら
ふらふらと視線は彷徨っている
美しい
いのちの
濃厚な滋味のある
言葉の路を辿り山を越え森を往き
ふと肩透かし
別の扉の向こうで
永劫なんて煙草をぷかりとやっている

今日は良い日だ
珍しく思考が澄んでいて
詩の中が心地よくて仕方ない
最近は何を読んでも疲れて
すぐに眠ってしまったが
薄暗く 澄んでいて
時は少々弛んでいて
いい加減で
ふてぶてしく
ちょっとばかり悲しくて
考え事が
歩きだす
たぶんそれが
寛ぎなのだ

北大百二十周年の時
クラーク聖書研究会の学生たちに混じり
小屋をかけ道行く人に説教をした
北大生でもないし
大学生でもなかった
大学生であったことすらない
聖書学校を出て間もない頃に
何度も来ているのだ
ここには
一年ほど前にも来ている
高専の試験会場にここの工学部が使われて
妻と二人で息子の送り迎えをした
いつも忘れた頃に
この二十五年くらいに
十数回は来ているのだ

――四時
診察室に戻り医者と話す
いい医者だ
理由はない
なんとなくそう思った
肝炎で通院していた時の主治医は
骸骨みたいで
死神博士と呼んでいた
「まだ薬けっこう残ってるから今日の分はいいです」
「ただのさん ちゃんと飲まないと死んじゃいますよ」
「フフフフ……」
「ハハハハ……」
毎回そんな会話をしていた
息子は顎の噛み合わせが悪すぎて
矯正だけでは足りないだろう
どうしようもないことだが
どこか
申し訳ない気持ちになる

腹が減った
持ち合わせが少ないから
ローソンでサンドイッチを買って
車を走らせる
息子とはまだ
音楽の趣味が離れているが
音楽の話をするのは良い
息子なりの蘊蓄を
うんうん聞いている
同じ年の頃を想うと
息子はわたしよりずっといいヤツだ
わたしより妻に似たのだろう
神の憐みなのだ

もう一度人生をやり直せたら
うんと勉強して
こんな大学に入って
好きなことをとことん研究したい
あり得ないからこそ
想像するのは楽しくて
ちょっと悲しい
そんな色合いが
酒のように霊のように
ふらっとして
ここちよい日



   
            《北大病院にて:2016年3月16日》














自由詩 北大病院にて Copyright ただのみきや 2016-03-16 22:23:56縦
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