散乱
田代深子




液晶が 関東平野を東へ走る青年 を映す 速度にまつわる素朴な
感嘆は冷気にあてるとしぼむ はずだから「ああ」という呼気をふ
くらまさず口のなか でビールと混ぜてのんでいる 速度よりも 
距離を驚いているのだとわかるのはその後で 距離をものする慨嘆
も酸素にあたり黒くしおれてしまわぬよう軽く 抑え て正月の朝
 陽射す炬燵のうえ やけにすがしい切り子のグラスをならべ つ
ぎわける 泡ふくら む 黄金いろ窓ごし光が散らばっている冷え
た缶を わたしたちはあけなめらかに 膨潤する

水ふくむ身体は 走り過ぎてきたカーブの向こう側でリレーされ 
中途半端 な表情のまま五千頁分ほどのタオルにくるまれ 乾き
きった関東平野 冬の土中 によこたわり微睡んでいる誰にも気づ
かれないよう四千年もそのまま いま父の膝に納まっているのは妹
が きっと どこかの凍土 から掘り出しせっせと滋養を与え湯浴
みし髪をすき用便をおしえいつくしみこしらえている かつてわた
したちが そのようにあらしめられたような母をスプーンでそぎ
とって食べてきたひたすら うながされ充填されていく 身体まだ
 黒髪さえ光り透けるような

わたしたちはめずらしく目を合わせる おはよう 節会の食を炬燵
にはこぶ柑橘のしぶきをあげ て果肉をほぐす小振りな指 みかん
蜜 柑 の香 朝の酔い に驚いている走り 続ける青年の様態は
フレームの中央から動くことはない ただ 陽の傾きだけうつろう
この身体もいつかどこかでリレーされるのか おめでとう時間は 
あけていく つぎ へつぎのところへ グラスを干してまたつぎ 
またあけわたしたちは新ためた衣服と身体をまとう 加速と減速の
くりかえしをついで息は白くやはり 光り透けるのだろう

ゆきとどかない些末の一筋が足指を刺しつらぬ き凍土に血がかよ
いしっとりとぬくもり延長が身体を超えていって も声を抑え て
しまう声を惜しみ陽の散乱 わたしたちは朝の酔いに驚きぬくもっ
た絨毯に微睡みよこたわってかまわない 走る 速度も距離も裡へ
と延長するえんえん カーブの遠心力はつづく身体は外へ 外へと
牽かれながら中心で 眠りにつなぎとめ られ ている おはよう
 おめでとう冷えたビールの 黄金いろ液晶を映す切り子のグラス
につぎたされふくらみあふれ ああ という呼気もどうやらついに
 あふれ 光り膨潤しながら 透けていく



2005.1.16




自由詩 散乱 Copyright 田代深子 2005-02-22 21:40:26
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