漂白のとき
石田とわ



     夕餉が終わると皿を洗い
     油や醤油で汚れた台所を
     布巾でぬぐう
     鍋も皿ももとの位置に戻し
     静けさと落ち着きを取り戻す
     風呂を沸かしなおしながら
     洗面台で布巾を漂白する
     目の前の鏡には裸の姿で
     蛇口をいっぱいに捻り
     布巾を沈める女が写る
     漂白剤のつんとした匂いが
     忘れていた何かを思いおこさせ
     両の乳房を鷲掴みにする
     痛みを憶え急ぎ湯船につかる
     あたたかな安堵のなかで
     ざぶざぶと顔を洗い
     手桶で勢いよく頭から湯をかぶり
     押し寄せる思いを洗い流す
     今日も昨日もすべてを洗い流す
     清清しく風呂からあがり
     油や醤油がうっすら染みに残る
     くたびれた布巾を
     かたくかたく絞り干す
     漂白剤がもたらす甘美な幻惑を
     抱きしめ愛撫しながら
         





         


自由詩 漂白のとき Copyright 石田とわ 2016-03-03 02:40:18
notebook Home