Miz 16
深水遊脚

「根源的な怒りと恐怖、ですか。」
「聞き返さないでね。私だって分からないんだから。ただの勘よ。あんたなら分からないまま流してくれるし、言いふらしたり騒いだりしないだろうと思って話しただけ。」
「そうそう。話しやすいのよね、間城くん。マミちゃんは最近、段々皆と打ち解けてきて、どんなこと考えているのか分かるようになってきたの。女の子だからと特別扱いされるのをとても嫌がってるし、そのことで青山くんにも反感を持っていたみたい。今はそんなことないけれどね。だから本当は柏木くんとは相性が悪いと思う。柏木くんがこのまま特別扱いせずにマミちゃんの指導のために全力で頑張っていることは、少なくとも彼女にはいい方向に働くわ。相性の悪いところも込みで。マミちゃんはマミちゃんでたぶん根本的に男が嫌いだけれど、相性の悪さは緊張感でもあるからいいの。互いに戦闘に真剣でさえあればね。」
「確かにあの堅物の筋肉オタクと、須田との相性は最悪ですね。でも男嫌いにしては須田は、青山とはずいぶん仲いいじゃないですか。」
「あれは幸政くん、いや、ここにいる春江さんのおかげね。春江さんが幸政くんを刺激して、幸政くんが話し合いの場を設けて、その話し合いのおかげで、青山くんがうまく指導できて、いい信頼関係ができたのよ。」
「広夏さんが真水さんの気持ちをよく汲んで青山くんに助言したのも大きいわよ。橋本さんだけじゃどうにもならないことだった。」
「そうでしたか。大事にされて順調に成長してるんですね。須田が少し羨ましいです。ところで、柏木が真剣に自分を鍛えているのはわかりましたけれど、政志さんとの模擬戦についてはどうなんでしょう。かなり危険だと思いますよ。何が起きるかわからないのもありますし。それに政志さんはレグラスとの交信者でしょう?政志さんの身に万一のことがあれば、レグラスと我々との交信が途絶えてしまうようなことになりませんか?」
「そうね。そういって幸政も怒鳴りこんで来たわ。追い返したけれど。理由は単純。柏木くんが望んだからよ。間城くん、我々は何?」
「戦士ですね。」
「いいわね。その迷いのない答え。その通りよ。戦士としてお互いに切磋琢磨しあって、自分を高めていく政志を、柏木くんを、真水さんを、レグラスは見捨てるかしら?それだけでない。交信ができなくても幸政をはじめ皆レグラスの言葉が我々の考える正義の源になっているの。私も交信していたからわかる。いまのヒーロー結社の誰もレグラスは見捨てない。レグラスが我々との交信を閉ざすなんてあり得ない。訓練で政志をそんなに大事にする必要はないの。むしろ積極的に鍛えるべき。そうじゃない?これは断言するけれど政志も同じ考えよ。」

少し圧倒されたが、いつもの春江節なので冷静に聞き取ってもいた。そして今の言葉にそれほど根拠がないことも、政志さんの前にレグラスと交信していたころの全能感の名残も、感じ取った。切磋琢磨は大いにやるべきだし、全力で向かい合うべきなのもその通り。しかし。

「いまは交信できないはずのレグラスの意志を体のよい物語に仕立てて、政志と柏木の力のコントロールを放棄して不確実な状況に甘んじる、それを無責任とは言わないか?俺はあのときもそう言ったぞ。」

幸政さんの声がした。突然声がしたことよりも、俺のモヤモヤした心をスパッと言い当てたことに驚いた。

「間城を借りるぞ。広夏、晴久はどこだ?」
「高宮くんと転送装置のことで打ち合わせていたけれど、もう終わっているはず。トレーニングルームじゃないかしら。」

予期していたように落ち着いてスムーズに答えたので少し驚いた。事の展開の速さに、こちらはついて行くのがやっとだ。

「春江、頼むからここにいる人間をもっと信頼してくれないか。柏木の真剣さを誰もが評価している。柏木の希望を最大限に満たすことに誰も異論はない。そのうえで起こり得ることを予測し不確実を確実に近づけることのできる人間は、何人もいるはずだろ。」

捨て台詞のように一方的に話し、春江さんに反論の機会をほぼ与えなかった。俺は必死に幸政さんを追った。歩いているだけなのに、速い、速い。

「いつからいたんですか?」
「最初からだ。会話は全部聞いていた。」
「すみません。訓練中に抜け出したりして。」
「はは!そんなこと気にしていたのか!おまえのサボり癖はいまに始まったことじゃないだろ。それに一昨日の無理がたたっているようだな。本当にコントロールの下手な奴だ。差し当たりいまのお前にコーヒーブレイクは必要なことだ。それより、お前があそこにいてくれて助かったよ。俺からお前への説明が、かなり省略できたからな。」
「晴久さんにも召集をかけるということは、政志さんと柏木の模擬戦への備えですか?」
「そんなところだ。ただ、あまり表立っては動かない。柏木は察知したらへそ曲げるだろ。政志もあれで意地があるから手心を加えたとなるとプライドが傷つく。必要なのは全力、ではなくて全力の演出。嘘偽りないとふんぞり返っているより、全力の演出を台無しにして白けさせるものを一つ一つ排除した方が、奴等は力を引き出せるだろう。そもそも何事もなければ俺らは何もしないしな。」

幸政さんの速さで歩いたので、すぐにトレーニングルームに着いた。晴久さんはもう来ていた。ポールに、掴む手だけを触れた状態で上りながら、いろいろあり得ないポーズをとっていた。

「話は母から聞きました。打ち合わせですね。」
「ああ。この場所からは移動しよう。」

トレーニングルームに俺が残した三津と島崎と度会、そして青山がいた。気をつけの姿勢で幸政さんをみていた。幸政さんが苦笑してなだめた。訓練を放って外に出た罪悪感で、三津に小声で話しかけた。

「悪いな三津、もう少しここを離れることになった。島崎と度会を頼む。」
「トレーニングのほうは大丈夫ですよ。青山が来てくれましたから。それより何の打ち合わせです。幸政さんも晴久さんも一緒で?」
「ああ、飲み会だ飲み会。勤め先のジャズバーで生ライブがあるから誘ってみたんだ。」
「嘘が下手すぎます。まあそういうことにしておきましょう。」

幸政さん、晴久さんと俺はトレーニングルームを出て、指令室の隣の部屋に向かった。

「柏木は今日はトレーニングルームにいなかったですね。」
「今日は確か海の方に出てる。国境付近だから危険だが、あいつなら大丈夫だろう。」
「政志さんは?」
「あいつはスカウトだ。週に2回は行っている。」
「二人ともいない日に、秘密のミッションチームの結成と打ち合わせ。なんだか、お膳立てが出来すぎていて怖いくらいなんですが。そういえば晴久さんは広夏さんからこのことを聞いたんですよね。広夏さんはいつ知ったんでしょう。」
「母は幸政兄さんから、政志兄さんと柏木の模擬戦のことで春江さんと揉めたと聞いたときに、何かの形で私が幸政さんをサポートすることになるかもしれないと私に言いました。こうなる確率は高かったですから私も居場所を小まめに母に教え、フリーの時間はトレーニングルームで待機しました。」
「晴久の母親、亀山広夏。あの人は侮れないぞ。春江のように言葉で捩じ伏せはしないが、いつの間にか状況をコントロールしているんだ。知らぬ間に事はあの人の思い通りに進む。俺は春江と揉めたあと、少し広夏に愚痴を漏らしただけだ。それに対して広夏は、俺と何人かの人でその場を治めればいいんじゃないかと言った。会話はそれだけだったんだ。それがこんなに早くメンバーも固まった。しかも政志も柏木もいないこの日に揃い、これから作戦を決める。本当に出来すぎている。でもおそらく偶然ではないんだ。人を動かすのは言葉だけではない。動きたい方向を見極めて、ほんの少し、絶妙なところをプッシュして、物事が自分自身で加速度的に進むように仕向ける。 」
「俺も、いるべくしてあの休憩室にいたということでしょうか。コーヒーには弱いんですよね。」
「あの会話、俺が割って入ったから誤解しているかもしれないが、春江の言っていることは全部正しいぞ。政志については手加減無用だ。そんなにやわな奴じゃない。柏木には存分に戦ってもらえばいい。ただ、冷静さを失った者にレグラスが三下り半を突きつけることはあり得る。我々のできることは、そうならないようにすること、それと、そうなったら冷静さを取り戻させることだ。自分で勝手にリミットを決めれば、訓練でそれ以上には行けないだろ。周りの者がしっかり管理すればいい。春江はここがわかっていないんだ。何でも一人でやりたがるからな。」


散文(批評随筆小説等) Miz 16 Copyright 深水遊脚 2016-02-15 00:21:29
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