飼い主のない猫
AB(なかほど)

三丁目の角を曲がったところでふと
君の匂いを感じたとき
なんてことないと思っていたのに

電子レンジに卵を入れて
しばらく眺めてから取り出し
破裂するかどうかを少しだけ考える
あれと似ている

子供がもらってきた風船は
気付かないうちに
しぼんだ姿になっていくはず
それも似ている

なにげない風に吹かれて
キジムナーに憑かれたら身震いするんだよ
ってそれ武者ぶるいっても言うんだけど
これも似ている

何気ない言葉で
それで
傷付いたり笑ってしまったりできればいいのだけれど

何気なく通り過ぎた言葉と
何気なく通り過ぎた風がつついて
忘れていたような景色を思い出すとき

いや
景色なんてきれいなものでもなんでもない
なんてのは
今さらで

犬に小便かけられた
電車降り際に横のサラリーマンに吐き逃げされた
間の悪い田舎の親からの電話
新小岩のビリヤード場
とりとめのないポケットと
やるせない気持ちと
マイクロバスに乗り込んでゆく国際色と
それから
ビデオばかりの
眠りたいだけの夜
君だけの夜
君さえも要らない夜


あの夜もこんなふうに
帰り道でもない道を通って
アパートに辿り着くと
飼い主のない猫に好かれて

君の声も
君の顔も思い出せないのに
君の匂いなんて思い出したはずもない

あの夜に似ている


   


自由詩 飼い主のない猫 Copyright AB(なかほど) 2003-11-11 07:28:40
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