林檎の思い出
Lucy

母から聞いた遠い日の思い出話です

貧しい農家だった父と母は
農耕馬に馬橇を引かせ
町の市場へ暮れの買い物に行きました

正月のための食材を買い
家族の冬のビタミン源として
おそらく当時は今より安価だったのでしょう
木箱に入った林檎を何箱も
馬橇に積み
帰途につこうとしたところ

慣れない町場の喧噪のなかで
何に驚いたのか
突然馬が棒立ちになり
あるじを積み荷ごと雪道の上に振り落とすと
そのまま走りだしてしまったそうです

馬を抑えようと駆けだした夫は見えなくなり
林檎箱からこぼれ落ち
広範に渡って路上に散乱した林檎を
途方に暮れる思いに耐えながら
母は必死で拾い集めたそうです
道行く人の中には
拾うのを手伝ってくれた人もありました

降りしきる白い雪
道に転がる真っ赤な林檎の
鮮やかな色を
私は実際にそこに居て
自分の目で見た光景のように
今も思い出すことができる
焦りと
恥ずかしさそれ以上に
家族の生活が脅かされる不安の中で
雪道に這いつくばって
林檎を拾い集めた若い農婦の想いと共に





自由詩 林檎の思い出 Copyright Lucy 2015-11-21 20:55:31
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