すなやま
そらの珊瑚

真夏の鳥取砂丘には
ただ一本の樹さえなく
にぎわう人と数頭のらくだの黒い影を
その茶色の肌にゆらしていた

運動靴を履いてきたけれど
砂に足をとられて歩きにくい
切れる息
額から滴る汗
照りつける強烈な日光
四方から吹く熱風とそれが運ぶ砂粒
目を開けているのもつらい

一歩二歩
私が歩くたびに砂は
自由自在に沈み 動く 
やわらかな巨大な生き物は貪欲だ
大勢の人の足跡さえもあとかたもなく飲み込んでゆく
休むたびにふりかえると
まるで
なにもかもなかったことのように思えてくる
たとえばあの日すなやまのどこかに穴があった可能性を考えてみる
大きな穴に落ちたら這い上がることなど不可能に思える
子どもがもし落ちてしまえば助けることも出来ないだろう
すなやまに飲み込まれた人は絶望的に無力なのだ
わたしたちは、幸運だった

子どもらはすでに裸足になり
アチチチ あしがやけそう……と
楽しそうに山を駆け上ってゆく
顔を上げ目を細めてそのゆくえを探す
もうあんな遠いところへ
日焼け止めクリームもどろどろに溶けた頃
やっとの思いで頂上に出てみれば

海が待っていた

「ママ、にほんかいだって!」
子どもらは
はしゃいでパンツ一丁になり水際で遊び始める

かつてそこには日本軍の修練場があり
訓練を無事終えた人は兵士となり戦場へ送られた
けれど厳しい訓練で命を落とす人もあったいう話は
それから十年近く経って聞いたことである
すでにセピア色になっていた夏休みの思い出は
違った色を伴って今、よみがえってくる




自由詩 すなやま Copyright そらの珊瑚 2015-11-19 16:25:41
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