あんぐれら
ただのみきや
誰かを磔にしたまま錨は静かに沈む
泥めく夢の奥深く月の眼裏火星の臓腑まで
黒々と千切られた花嫁が吹かぬ風に嬲られる
カモメたちは歓喜と嘆きをただ一節で歌った
私刑による死刑のための詩形おまえは言葉の焼石
熾火がすべて灰になり人は無に囚われる
浅瀬もなくただ己の中に座礁した水夫たち
時は抽象画のように見る者を停止させる
主役を奪われ脇役にすらなれず観客のまま
ページの向こうが裏表紙であることに唖然として
時々記憶が戻ったかのように点滅すると
尖った思考が遠く流されて往くのが見える
その水面下は氷漬けになった巨大な腫瘍
かつて幼子は浜に上がった母のぬかるむ死体を見ていた
自分を抱こうと指先からゆっくりと開く白い扉を
海神などいない痩せ細った海は異物化してザラザラ
男たちはパイプに火薬を詰める痛みを載せたロケットだ
女神を抱けばアンクレットの鈴が響き甘露が降る
錨で繋がれたまま赤錆びた霧を吐く精神の鉄屑は
乾いた快楽で死を綴る三百年生きたアシカの目
《あんぐれら:2015年11月4日》