イメージ・1円玉のささやき
ワタナベ

月光にてらされる鼠色のわたし
窓辺の机の上で
いつものように月をうっとりと眺めていると
だんだんと月が大きくなってゆくようです
最初は夜空の真ん中に黄水晶のように透き通った月の
輪郭がしだいにはっきりと見え
ついにはクレーターの様子や
かこむようにちりばめられた星の広がり
そして深遠な暗闇を感じるようになりました
わたしはふわふわとしながら
石くれやクレーターばかりの荒涼とした月面に
一本の旗の立つのを見ました
星条旗とその下から続くかすかな足跡
わたしはこれを知っています
遠い故郷の古い記憶のなかに
突然ほうりこまれたかのように
わたしの胸はエーテルをいっぱいにすって
いまにもはじけてしまいそうで
それでいてエーテルは暖かく
鼠色の体を満たしてゆくようです
わたしの背中を見てください
日本国 昭和四十四年
確かなはずです
かすれて
います
でもそれは
確かなはずです
夜空を見上げると
青く瑞々しい惑星が
輪郭はぼやけてしまって
でもそれはなによりも確かでした

月はどんどんと離れてゆきます
星条旗も石くれも
クレーターも見えなくなって
ついには夜空にうかぶ一粒の黄水晶のように
少し透き通って消えました
部屋の
窓辺の机の上には
1円玉が
ちかりともせずあるばかりです



自由詩 イメージ・1円玉のささやき Copyright ワタナベ 2005-02-15 01:02:40
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