帰参
土田

いつもは聞こえない
水洗トイレのタンク内に落ちる水滴の音
いつもは聞こえない
紫煙を逃がす窓の隙間から聴こえる虫の音
いつもは聞こえない
常に快適に室温を保っていたエアコンの音
いつもは聞こえない
部屋がきしむ音
いつもは聞こえない
鼻から吸う空気の音
いつもは聞こえない
身体の節々がしなる音
いつもは聞こえない
心臓のどこでもない辺りが締めつけられる音
いつもは聞こえない
いつもは聞こえない
いつもはかき消されていて
いつもは必要がなくて
ずっと昔に忘れていた音

いつもは聞こえていた
いつからか詰まり気味の水洗トイレの水が流れる音
いつもは聞こえていた
いつからか吸っていた煙草の煙を吹き飛ばす車の音
いつもは聞こえていた
いつからかエアコンの微風音をさえぎって
ゲームで上昇した熱をさげるパソコンのファンの音
いつもは聞こえていた
いつからかラップ音もしない天井の隅を目がけ
亡くなった祖父に都合のいい願い事をするために合わせた手の音
いつもは聞こえていた
いつからか少しづつ長くなっていったため息の音
いつもは聞こえていた
いつからか手のようになっていたキーボードと
口を歪ませ鼻を鳴らす音
いつもは聞こえていた
いつからか生きてもいない事を
割り切ってしまった心臓の音
いつもは聞こえていた
いつもは聞こえていた
いつもは賑やかで煩くて
いつもはひとりでいる事に必要で
ずっと今までに甘えていた音

いつもは聞こえない
いつもは聞こえない
いつもはかき消されていて
いつもは必要がなくて
もうずっと昔に忘れていた
からっぽの自分の音
そしてずっと書けないで諦めていた詩が完成した音が
がらんとした部屋の隅ぽつんと鳴った


自由詩 帰参 Copyright 土田 2015-09-23 23:11:33
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