分身
あおい満月

ことばを吸い込むと、
身体中の血管が弾けて、
なみだになって流れていく。
そのなみだが、
地に落ちて、
灰色のキャンバスの上に落ちていく。
キャンバスの頬に
薄桃色の赤みがさして、
目を開き、
詩が目覚める。



彼女は白いベッドに座り、
カーテンから、
海のような空を見ている。
彼女は、
毎日少しだけ言葉を話す。
とてもとても小さな声で。
何を話しているのかはわからない。
けれどその言葉は、
この世の何よりも煌めく、
残酷で透明なことばたち。
彼女の瞳の色がまた、
灰色の虹に変わる。
もうすぐ夜がくるようだ。

**

(私にとって体験こそが詩の命なんですよね)

友人が、
刃を向きながら私に話す。

体験。

一度だけ砕け散った身体の痛みの記憶。
洞窟に残ったままの 若い思い出。
私は爪をがりり、
たてながら欠片をかき集める。
永遠に揃わない、
終わりのないパズル。

***

からになると、
渇いてしまって
息苦しくなる私の部屋に
また新しいことばを吸い込む。
するとまた、
私のなかの血管が弾け、
なみだになり、
彼女を呼ぶ。
彼女は誰の目にも見えない、
けれど確実に存在する、
私の分身だ。
終わらない美しい詩を唄い続ける彼女が
また白いベッドに座り、
海のような空を見ている。


自由詩 分身 Copyright あおい満月 2015-08-31 20:34:59
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