尊厳
たけし

蝉がひっくり返り動かなくなっていた
マンションエレベータ前のコンクリート床の上で
僕は危うく踏みつけるところだった
何もこんな殺風景な所で死ななくても
僕はそう思いながら摘まみ上げようとした
バカが!いずれ踏み潰されちまうぞ

けれど手を伸ばし掴もうとした瞬間
蝉がクルッと反転し黒く丸い複眼で無表情に僕を威嚇した
深い沈黙のうち
毅然とした一つの個体生命の唸りが聴こえた

僕と蝉はその場で対峙したまま
僕は瀕死の蝉となり
蝉は独りの僕となった

その瞬間

蝉は激しい勢いで飛び立ち
陽光を浴びたマンションの白い外壁に衝突し
落下していった

唖然と我に返った僕を取り残したまま


自由詩 尊厳 Copyright たけし 2015-08-19 14:59:43
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