旧家
葉leaf




陽射しが強くこの地方を焼き、蝉の声が激しく響いている夏のある日、実家の旧家の建屋の中で姪の一歳の誕生日パーティを開いた。かつては無垢であった姪も、繊細な感情を抱くようになり、羞恥や恐怖や興味を外界に抱いている様が表情に表れていた。
私はその頃勤めていた会社と組織上の交渉を行っている最中であり、組織の鈍重な力と複雑な構造を前に手を焼いていた。そのような絶望的な日々に、姪の顔を見るのは癒しであり、これからの目覚ましい人格的発展に強い希望を抱いた。
私は、母親に縋る姪を眺めながら、急に、姪の人生が欲しくなった。姪はこれから庇護されたまま成長していく。この旧家の内側のように、こんな夏日でも涼しく保護された場所で成長していく。それに対して私はこの旧家の建屋そのものだ。これまでの歴史を背負って、陽射しや豪雨をじかに浴びながら、朽ち果てるまで立ち続けなければいけないのだ。
姪は社会に出るまでの期間、責任を負うこと、自立することから守られている。社会の烈日を浴び過ぎていた私には、ただただその猶予された人生が欲しくてたまらなかった。だが、この欲望は永遠にかなわない欲望であり、私はこの旧家の建屋として後戻りすることはできない。
私は自らが欲望するものを保護することで、欲望を代理満足することしかできない。旧家の建屋として、夏の烈日から姪を保護することで、自らの欲望する姪の人生を保護する。姪が社会から猶予された期間に成長していくのを守ってやることで、あたかも保護された人生を自分に与えたような気持ちになる。旧家の建屋はその内側の涼しさも同時に生きるのである。


自由詩 旧家 Copyright 葉leaf 2015-07-20 16:26:07
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