群青色におはよう
よるのまち



「とある作家が自殺した後、
その作家が住んでいた部屋から毎晩、酷い油の臭いがした。
隣人たちはそれを理由に、ついに家賃交渉で大幅な値下げに成功した日、私は産まれた。

私は自殺した作家の部屋の隅を住まいとし、朝が来れば蓑を被り、夜が来れば六畳を転げ回った。
雨の日は少しだけ落ち込んだ。
理由はどこにも書いていないのだけど。

自殺した作家は画家気取りの芸大生で、
毎晩自分の血液を油絵の具に練りこんでいた。
だから死因は失血死だったのだけれど、今となってはすべて過去だ。
私は毎晩、彼、もしくは彼女の油絵の具を自分の身体に取り込み、産んでいる。
なにを産んでいるのかは私にもわからない。
これはただの自然の摂理だからだ。

膨大な数の、血液を孕んだ油絵の具達は、遺伝子情報に基づき、
産まれると自分のあるべき場所に行く。
それを毎晩繰り返す私は
油絵の具の女王のようだった。」



ざわつく、ボロアパートの廊下
ぼうっと立つその風貌は
記憶の中の、ワンシーンのようで

波打つ肌の上に
べっとりと散らばる沢山のひらがな
白衣のなかの色は全て
秋の配色で埋め尽くされていた

拡げられた設計図
母胎から取り出された胎児
蹲ったいのち
ちいさな羅列

彼、もしくは彼女の線をなぞる
その先にある立冬
群青色におはよう


自由詩 群青色におはよう Copyright よるのまち 2015-07-19 20:11:32
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