群青色におはよう
よるのまち
「とある作家が自殺した後、
その作家が住んでいた部屋から毎晩、酷い油の臭いがした。
隣人たちはそれを理由に、ついに家賃交渉で大幅な値下げに成功した日、私は産まれた。
私は自殺した作家の部屋の隅を住まいとし、朝が来れば蓑を被り、夜が来れば六畳を転げ回った。
雨の日は少しだけ落ち込んだ。
理由はどこにも書いていないのだけど。
自殺した作家は画家気取りの芸大生で、
毎晩自分の血液を油絵の具に練りこんでいた。
だから死因は失血死だったのだけれど、今となってはすべて過去だ。
私は毎晩、彼、もしくは彼女の油絵の具を自分の身体に取り込み、産んでいる。
なにを産んでいるのかは私にもわからない。
これはただの自然の摂理だからだ。
膨大な数の、血液を孕んだ油絵の具達は、遺伝子情報に基づき、
産まれると自分のあるべき場所に行く。
それを毎晩繰り返す私は
油絵の具の女王のようだった。」
・
ざわつく、ボロアパートの廊下
ぼうっと立つその風貌は
記憶の中の、ワンシーンのようで
波打つ肌の上に
べっとりと散らばる沢山のひらがな
白衣のなかの色は全て
秋の配色で埋め尽くされていた
拡げられた設計図
母胎から取り出された胎児
蹲ったいのち
ちいさな羅列
彼、もしくは彼女の線をなぞる
その先にある立冬
群青色におはよう