もしも世界にラジオだけだったら
まきしむ

もしも世界にラジオだけだったら
つぶれたアイスクリーム
ハイハイする赤ちゃん
吠えるアナグマ
里の新春
ずっとわたしのこと好きだと思っていてね
地下鉄の誰もみやしない市民サークルの風景画
テレビと60’sハワイアンの混じり合って流れる店
「お水もらえますか?」

世界にもしラジオだけだったら
銃声と逃げ惑う島の人々
通路に並ぶ朝顔の鉢
「誰もみちゃいないんです」
取り残されたビーチ・フラッグス
大好きな刺繍
灌木に水をやる
オロナミンC
熱帯林の動物
お母さんの鼻歌
教会に響く水の音
初めて上手に走れたね

もしも世界にラジオだけだったら
悪意がばら撒かれることはない
みずから飛び降りることもない
盗みも強姦もない
夢も希望も
長いトンネルのような昼休みも
取り返しのつかないあやまちも
季節の変わる懐かしい匂いや
教室に忘れられた合唱曲も
誰にも届かなかったラブレターも

聴衆の前で破裂するくす玉
新宿の水色の風に乗って人々の頭に降り注ぐ色テープ
聴衆の色とりどりの服と混ざり合ってチカチカする
ひとかたまりが空に舞い上がり屋上の小さな庭園のにせものの樹にひっかかる
「あれダサいね」
足にからまって転ぶ人がいくらかいる
だだをこねグズる4歳児の肩にのった
花屋の父の日のポスターに貼りつく
見向きもされないストリート・ミュージシャンの頭にかかる
連絡通路の下を風に乗って走る木の葉や塵と混ざる
オフィスのトイレの開いた窓から入り込む
ティッシュ配りをする青年の長髪に絡まる
あやしい占い師の看板にひっかかる
水着を着たマネキンの後ろを通り過ぎる
待コンに行く女の子達の......

聴衆はいっせいに声にならない声をあげ、その声は重なり合って巨大な滝音となり、
ビルの間で反響し膨らんで拡張されるとたまたま通りかかった積乱雲の下のヘリコ
プターのマイクに拾われ、何千キロ先のアメリカの郊外で自家用車を洗車中の銀髪
の中年のラジオまで中継された

「世界はうらがえりました。カラスは白くなりました。お年寄りは若返りました。朝食が
夕食に代わりました。嫌がらせはプレゼントになりました。貧困は溢れるほどの幸に変
わりました。ありがとう、ありがとう。兵器は花束になりました。全ては祝福されました。
争いは安心と変わりました。血の海は溢れる井戸の恵みとなりました。殺しが慰みと
とって変わりました。ありがとう、ありがとう。救われたような気持ちです。世界はうらが
えりました。ありがとうございました。」

もしも世界にラジオだけだったら


自由詩 もしも世界にラジオだけだったら Copyright まきしむ 2015-07-19 09:39:32
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