無の絵画展
乾 加津也

美術展巡りが趣味だから招待状は珍しくないが、無の絵画展とはからかわれたものだ、初めて訪れた会場は歴史的格式もある重厚なホールだった

高い壁面は淡く白く、波打つことを拒絶しながら横にどこまでも続いている

天井端に、展示物をやさしく浮かび上がらせる小さな間接照明が等間隔に設置され、壁の肌(おもて)をあたためている

がやはり、展示物は一枚もない

ほんとうなら趣向を凝らしたデッサンや彩色の舞踏が、大嵐をなだめる整然の号令にのって、観覧者たちの脳内を高尚な精神安定に導いてほしいところだ

各展示室の要所要所には動かない監視員がいた、簡易の椅子に臀部をおろして浅く腰かけ膝を山折り谷折りした血色の良い人形だが、どれもが同じ人物だとわかる

ラムール(が空中に浮かぶ)

小さな言語(ノイズ)を素早く吸引して屋外の空気清浄機で循環する展示空間では、あちらこちらで入場者らが立ちどまり、感慨深げに大きな壁を見上げている

例えばあの美大生風の若者二人は、ラムール、ひたすら空想を散りばめている様子だし、何人をも従えたあの老眼鏡の紳士は自ら醸し出す高名な画家の雰囲気で悦に入っている

(なら、この者たちは仕掛け人ということか、なんのために)

これ以上状況を判断する材料もないのならどっしりと、理解不能を楽しむほどの達観を装い、足元の、さらに床下を這う心拍に沿って歩こう、そもそも何かしらを感じ入ることが目的である、自分の五感を信じてみるのだ

ラムール

そのまま歩いた行く末は出口、建造物はおしなべて創作芸術の入口なのだが

ラムール

いやまて実は、視るべきは私自身か、ふと意思を持つだれかに視られている逆転の発想に気づいて足が止まる、見上げるがやはり無機質で堂々たる壁面が私との一定の距離を保つのみである




この後の出来事で特異なことは何もない、好きなら君が勝手に想像したまえ

ところで君は今度いつ絵画展を訪れるだろうか、その折はぜひあの壁を傷つけずに鑑(み)てもらいたい
偏執狂でも脹よかな、私の胸騒ぎ(ラムール)を識ってほしいのだ


自由詩 無の絵画展 Copyright 乾 加津也 2015-07-17 19:33:24
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