『目玉二ア』  卵から始まるはな詩④
ただのみきや

まだ 目覚めていない
血液のせせらぎを聞いている
群青の影が台所を滑り
頭の中 雀が何か啄んだ

フライパンに火を入れる
蓮の花が開くように
わたしは呼び覚ます
朝はひとつの卵から生まれる

わたしは納豆を拒む
どんな強制にも脅しにも屈しない
安いから
体にいいから
そんなことは知っている子供じゃあるまいし
納豆が大嫌いなわけではない
家計を憂う言葉の中に見え隠れする
稼ぎの少さへの当てつけが
わたしを依怙地にさせる
ああわたしは納豆を拒む

そうしてわたしは今 目玉焼きを愛する
毎朝一個
安いものだ文句は言わせない
飽きるだなんて
通り越せば定番となり
それなしではいられなくなる
習慣は伝統となり
やがて伝説となる
新たな境地が開かれ
ひとつの目玉焼きが
ひとつの物語となる

月曜日
黒髪を結いあげた項のような
しろみに流れる
うすくち しょうゆ
銀シャリと夫婦の契りを結ぶ

火曜日
素面の面持ちで奇妙なジョーク
紳士の伝統
ソルト&ペッパー
ベイカーストリートには今朝も事件が訪れる

水曜日
くよくよしたって仕様がない
明るく派手にぶっ放せ
真っ赤なケチャップ飛び散った
兄ィーよぅ銃取れや ロックンロールで腰振れや

木曜日
食卓は神秘ベールを纏う
瞑想を終えたマハラジャの妖しい微笑み
女神の手つきでひと振りガラムマサラ
ああっ 野良牛が! 野良牛が!

金曜日
忘れることのできない面影
辛口の姑娘
ひと雫の紅い涙 ラー油垂らして
八卦掌でシバかれたあの日

土曜日
恋に疲れた男は地中海の風で顔を洗う 
ラジオからカンツォーネ
オリーブオイルに包まれた黄身の面影
いま 投卵する アリベデルチ!

日曜日
うおああああああぐええええおおおイヒアヒアヒああああ
めだまめだまめだまがあああああしろいしろいイヒアヒア
うだまがでもずうむーんもうんじゃぼーんぬあかああムフ
んんふふふあはああああああヒヒヒヒヒたまごだどおおお


特別な日には
ダブル目玉焼き
そして特別の日にしか使わない
翡翠色の 決して焦げ付かない 
聖なる フライパンチェスコ
今 火に掛けて
油を少量たらす 
黙祷 静けさの中で

卵をそっと握り微笑む
最後の口づけを済ませたら
フライパンチェスコの三時と九時の方向
通称「屠られる卵の峰」と
卵のウエストを水平に狙い定め
角度は直角に距離五から六センチに近づけ
そしてスナップでバネ的瞬発
左右ほぼ同時に
それぞれ片手で熟す 訓練の賜物
卵は古き殻を脱ぎ捨てダイブする
変貌の灼熱へ
微かな〝 ジュッ 〟という オト 
首すじへ熱い吐息のよう
ゾクっと イイ感じ
しばし目を閉じて
至福の奏でに酔いしれる
熱量の普遍が
澄んだとろみを純白へと変えて行く 
そうして太陽を冠した美肌の極みへ
変貌する(ドキドキしちゃう)
今 噛み締める幸福
幸あれ此処に祝福あれ
ああ素晴らしき朝
素晴らしき人生――

 ふと 襟足に
     禍々しい気配

振り返ると
そこには菜箸をもった
妻が 
にこやかに
突然! 浄瑠璃人形のガブのよう

「スクランブルにしてあげる  



         《目玉ニア:2015年5月23日》






自由詩 『目玉二ア』  卵から始まるはな詩④ Copyright ただのみきや 2015-06-24 17:52:02
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