『聖母ジェンマ』  卵から始まるはな詩②
ただのみきや

〝おれは頭はいいが狩りは苦手なんだ〟
ジェンマは呟いた
〝誰にだって得手不得手があるってもんさ〟

同じ年に生まれた若い狐たちからは
「下手くそジャンマ」
「まだ一度もうさぎを捕まえたことがないんだって」
「狐の恥さらし」
いつもからかわれていた
そう ジェンマは真性の狩り下手なのだ

〝ああぁ腹がへった……〟
二日前に蛙を食べたきり あとは水ばかり飲んでいる
〝どっかに足を折ったうさぎでもいればいいのに……〟

木陰に入りぺたりと伏す 
風がそよそよ毛並を撫ぜて行く
すぐに瞼が重くなる 疲れ切っているのだ

――夢の入り口辺り 
どこかで 声がする
鳥…… それもだみ声 カモか

「可愛い可愛いわたしの赤ちゃん
 すぐに帰ってきますからね
 良い子でお留守番していてね」

ジャンマの目がぱちりと開いた
〝夢じゃあない しめた 雛鳥だ! 〟
気配を殺して石になる 
ピンと立てた聞き耳だけきょろきょろ
自分の心臓の音がやたらと響いている
――やがて カモの飛び去る音
ジャンマは音がした方へ 蛇のようにするりそろり
鼻を効かせながら ゆっくり 慎重に
倒木を越えて 川岸を少し遡り 遡り 近づいて
発見した だが――

〝――なんだこりゃ〟
そこには 卵が一個だけ ちょこんと転がっている

ジェンマはちょっとがっかりした
卵は美味い それは解っている
だが卵は食べにくいのだ
いつも半分は地面にこぼしてしまう
ジャンマはしばし考えた  

〝おれは頭がいいからな〟
やがて卵をそっと咥えると
狼の遠吠えみたいに空を見上げた これで
卵を割ると中身が口の中へ落ちるというわけだ
だが すぐに異変に気が付いた

〝なんだ 震えているぞ? 〟
ジャンマはそっと卵を巣に戻した 
するとすぐに小さなひびが入り やがて 
内側から小さな穴が

〝しめしめ 卵が雛に化けるぞ
 ここはひとつ待つことにしよう
 おれは頭がいいからな〟
空腹は絶頂に達している
それはとてつもなく長い時間だった

少し日も傾き始めたころ
やっと雛鳥は殻を脱ぎ捨てた
そうしてジェンマを見るなり
「ママ! ママ! 」
ジェンマは涙がこぼれそう
もちろん食事が出来ることが嬉しくて嬉しくて

それにしても雛は小さい
一口でペロリだ
ジェンマはふと冬を日々を思い出した
あの辛く寒くて長い冬
虫や蛙すらいなくなる季節を
今この雛鳥を食べても
明日にはもう腹が減る
ふと ジェンマはある計画を思いついた

〝そうだ 秋までは今まで通り
 何とか蛙や虫で我慢して
 冬が来る前にこいつを食べることにしよう
 こいつはおれをママだと思っている
 おれの傍で大事に育てて大きく太らせて
 脂がたっぷりのったところガブリっとやろう
 きっと三日か四日は満腹でいられるぞ〟

ジェンマは狐らしいニンマリした顏で
「かわいい子 さあママについておいで」
雛を誘い ゆっくりと歩きだした

「ジェンマがおかしくなったって? 」
「あいつ腹が減り過ぎて狂っちまったんだ」
狐たちは皆面白がって笑った
ジェンマと雛の奇妙な親子連れを見たからだ

「ママから離れちゃだめよ」
「はーい ママ」
「そこの石 躓かないようにね」
「はーい ママ」

雄のジェンマの甲斐甲斐しい母親ぶりに
皆は腹を抱えて笑い転げた
だがやがて一匹の若い狐が近づいて
ジェンマの逆鱗に触れることとなる
雛を横取りして昼飯にしようとしたからだ

もともと喧嘩の弱いジェンマが子を守る母狐に豹変し
相手の首に噛みついてこっぴどく痛めつけたものだから
皆は顔色を変えた
遠巻きになった狐たちに
「おれの計画を邪魔するやつは容赦しないからな! 」
ジェンマはそう吠え立てると他の狐から離れ
上流のほうへ歩いて行った そして山の奥深く
泉の傍の洞窟で暮らし始めた

月日は流れ 
雛は立派な雌のカモに成長した
山の木々の紅葉も深まり
ついに別れの季節がやってきた

かと 思われた
ところがある日 雌の匂いを嗅ぎつけて
雄のカモがやって来たのだ
最初ジェンマは撃退しようと身構えた
〝キサマおれの娘になにしやがる! 〟
嘘からでた親心もすっかり板についている
――だが
   ふと
未だかってなくこれからも在り得ないような
素晴らしい計画がパッと閃いたのだ

〝そうだこのまま娘が番になって卵を産んで
 その卵をまたおれが育てて
 それを二代三代と繰り返せば
 おれを親と慕うカモの群れがどんどん増えて
 おれはいつでも好きな時に食えるじゃないか
 卵も雛も親鳥だって食べ放題じゃないか
 狩りなんて原始的なことはもうしなくていい
 おれは一生飢えなくていい〟

今や小さな狐の小さな小さな脳みそは
壮大な計画で飽和し湯気が吹き上がっていた
ガリガリに痩せたからだを震わせて
ジェンマはコンコンと咳込んで笑った

三年が過ぎた
洞穴の奥でジェンマは伏していた
子ガモたちの母という重労働と栄養失調
卵や雛を狙う敵との熾烈な争いの果てに
すっかり身体を壊し
もはや立つことすらできなかった

すぐ周りには沢山の雛が寄り添っている
あいかわらず「ママ! ママ! 」忙しない
雛たちはフワフワの綿毛で覆われていた

〝あったかいな……

〝解禁だ そろそろ 食っても
 いい頃合いだ 長かったな ここまで
 ひと眠りして 疲れが 取れたら
 こいつらを 二三羽 食べると しよう
 そうすりゃ 元気に なるってもんさ〟

「ママは ちょっと お昼寝しますからね 
みんな 良い子で いてね……」

そうしてジェンマは眠りに落ち
そのまま
二度と目を覚ますことはなかった

さて
偉大な母の死を深く悲しんだ一族は
遺体を丁重に葬ることにした
その地域の鳥のほとんどがそうであったように
ゾロアスター教徒だったカモたちは
不器用な丸い嘴で懇ろに心を込めて
聖なる母 ジェンマの肉を啄んだ



       《聖母ジェンマ:2015年5月16日》






自由詩 『聖母ジェンマ』  卵から始まるはな詩② Copyright ただのみきや 2015-06-17 21:16:33縦
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