12秒間のニューヨーク
大覚アキラ

おれは今朝、

22口径のリボルバーを携えて
川沿いの安アパートを出て
車検切れ間近のポンティアックで
43号線を西に向かって
安物のカーステレオで
大音量のジョン・ゾーンをかけて
掌に滲む汗をジーンズで拭って
ぬるい缶コーヒーを飲んで
黄色信号を9つ突っ切って

で、
おまえの家に
いま着いたところだ。


コーヒー色のマンションの
おまえの部屋のドアのチャイムを押しながら
「おれはまるで、虎のようだ」と思った。

ドアが開くまでの12秒間。

(こんなところでいまからおれはいったいなにをしでかそうとしているのだ)

本当なら
いまごろおれは
ニューヨークのグランド・セントラル駅の近くのカフェで
エスプレッソのカップ片手にラッキーストライクでもふかしている
はず



そう、

ニューヨーク、
憧れのニューヨーク! 夢のニューヨーク! 麗しのニューヨーク!


 おれは今朝、

 セントラルパークでジョギングして
 まるで虎のように美しいフォームで
 脂肪まみれのデブどもを鮮やかに抜き去って
 ヘッドフォンから流れるのは大音量のジョン・ゾーンではなくモーツァルトで
 ストロベリー・フィールズで天国のジョンに祈りを捧げて
 いつものスタンドでタイムズを買って
 カーネギーホールの裏手のアパートの最上階の部屋で
 熱いシャワーで汗を流して
 グッチのスーツに袖を通して
 イエローキャブに飛び乗って

 で、
 グランド・セントラル駅の近くのカフェで
 いまエスプレッソをオーダーしたところだ。

 カップの中の
 エスプレッソの渦が描く小さな銀河系を眺めながら
 「おれはまるで、虎のようだ」と思った。

 ドアが開いた。


おれの右手には
22口径のリボルバーが
しっかりと握られている。


自由詩 12秒間のニューヨーク Copyright 大覚アキラ 2005-02-10 13:17:07
notebook Home 戻る