木漏れて
芦沢 恵

神宮前の小橋で懐かしのフォークソング唄う人

懐かしの? 

わたしは懐かしのを知らない

知らない懐かしを知ったふりして心縮めていたの



右肩横をかすめて通りすぎた黒服男はもう背中が小さいほど遠くにいるのに残り香はとどまりビクともしない

懐かしはどうでもいいのね 驚いちゃう



通りの向こうで肉塊をそぎ売るサウスアメリカンが笑っている

何が楽しいのやら 嬉しいのやら 

あのサウスアメリカンも懐かしを知らないに違いない

肉売ってもっともっと笑えばいい



小橋でギターつま弾くフォークソングシンガーがソングライターであるならわたしは嬉しくない


せっかく縮んだ心なのにね


そろそろだよね


木漏れたオレンジ色の幾千筋が誘う北々西に向かわなければならない気がしてもその一歩が懐かしに抗うことを心が拒否している時空間でわたしは石

石の膀胱は石なのだからイイのよ



         





自由詩 木漏れて Copyright 芦沢 恵 2015-06-07 22:37:12
notebook Home