オーティスをシンパシーで笑い飛ばしながら、それでも。
ホロウ・シカエルボク








息もないコールド・スリープの午後
艶かしい女の身体と
ゴキゲンな薬の夢
乾いて
ひび割れた皮膚の上で
上がり始めた熱が止めをさす


きみの手のひらの中、もう目も当てられぬスイートキャンディ
独立記念日だけの特別なパッケージ
そういうものってたいてい特別にし過ぎて駄目になるというものさ
丁寧に仕上げられた化合物は
何度も解けて固まると味気なくなるものさ


朽ちたテニス・コートの傾いたベンチに腰を下ろしてその日最初の詩を書いた
最初の一行は日に焼けて色褪せていて、最後の一行は呆然としていた
なにも書かないことがどんな詩よりも
詩だと言えるような時だってあるさ
ベンチのそばの植え込みの中からクロアゲハが一羽飛んだ
やつは遅い春の
影になろうとしているのだ


叩き込んだカフェインの暴力的覚醒
錆びついた螺子を強引に回す
たとえそれが歪んでしまって二度と使えないようなことになっても
錆びついたままでいるよりはマシなことに違いない
いまそうして欲しいと思う瞬間に都合よく
夜は明けたりすることなどないのだ


体液が滲み出す裂傷だらけの手のひらの痛みが夜毎見せる夢は
目を焼くような光線のダンス
無意識下はいつか蒸発するだろう
だれもいない世界のもやになって
やがてとるにたらない思い出のように消えるだろう
どんなにそれを見届けようとしても
瞬く間にすべてが終わっているだろう


チェスのように言葉を置いていくロックンロール
鼓動のようなリズム
鼓動のようなリズムが
空気を振動させる
それを
細胞が受け止めて騒いでいる


消えそうな火だって消えないかぎりは燃え続けている
きみはその芯に目を凝らして
燃え続ける理由を探さなくてはならない
正解は存在しない
燃え続けるものにきみが理由を添付するのだ
その炎の在りかたにもっとも相応しいなにかを


真夜中の窓辺に横たわる存在しえない影を
無人の浴室の中に残された呼吸を
傷だらけのフローリングの床
割れて片付けられたマグカップの欠片
終わりを決めるのはきみじゃない
終わりを決めるのはきみじゃない
終わりを決めるのはきみ以外の誰かでもない
だれひとりどんなことにも結論なんて出来ない
生きたら生きただけ
そのことについて知らなければならない


世界が本当かどうかなんてどうだっていい
この身体が本当かどうかなんてどうだっていい
太陽のように見えるものがただの空に空いた穴でも
月のように見えるものが巨大な悪魔の目玉だったとしても
触れたものを受け止めていけばそれだけでいいのだし
受け止めたものをきちんと知ることが出来れば
きっとそれだけでいいのだし


暗い路地裏の腐敗した猫の死体
それに群がる鼠たち
そいつらを捕まえては自己流で料理する浮浪者たち
火加減はどうします
どぶ鼠を炙るのに適切なレシピなんてきっとない
食うところのなくなった骨が転がるだけ
薄汚れた髪でも生きることを知っていれば
光のない瞳でも生きることを知っていれば


晴れた空のした化合物的に澄んだ瞳にサングラスでフタをして
よく見えないと文句を言いながら繁華街をきみは歩いている
きみの足跡はコンピューター・グラッフィックに酷似していて
良く出来たソールのせいで地面をまともに感じることもしていない
きみにはまだ判らないだろう
ある種の防御は最大の盲目でしかないってこと


アドレセンスは終了処理中に予期せぬエラーを起こして
理想主義が魂のなかで漏電し続けている
どう折り合いをつけるのか
黙らせるのかあるいはこの上ない理知でもって迎合するのか?
導きのない世界こそが正しい
一本のラインを見つけたら踏み外さないように突っ切るだけさ


ある日の明け方、人気のない郊外の道路を、酔っ払いのようにフラつきながら歩いている、空気は冷たく、まるで冷凍保存された身元不明の死体と寄り添って歩いているようだ、叩き割られた外灯の破片が薄い靴底を貫いてつま先を傷つけて舌打ちをする、カラフルな尻尾を持った小さな鳥が、サラ・ブライトマンみたいな声で囀りながら教会の屋根へと飛んでいく、パンの配達をしてるトラックの荷台から一本くすねて袖に隠し、朝日が見える港で食い尽くした、なんの味もしなかったけれど、生きることを知っていたからそれで構わなかった、先週崩した体調はまだ万全ではなかったが、歩けるのなら軽い眩暈なんて問題にするべきじゃなかった、出す当てのないラブレターを懐に隠しているみたいに歩いた、港から街へと降りてくる通り、まだシャッターの上がる気配のない繁華街、海からやってくる空気が幻想的なスモークを作って…気の早い酒屋でウィスキーの小さなボトルを買い、ときどき舐めながら…アルコールに駆逐された天使たちがご褒美を惜しげもなく晒しながら歩道で眠り込んでいる、そのうちの何人かの口元は汚れている、欲望はきっとそんな風に寒い朝に亡きものになっていく、海の向こうの太陽にようやく色がつき始めて、そうするとようやくどぶ鼠よりは少しマシな―そう――


すべが、あるんじゃないか、って……。









自由詩 オーティスをシンパシーで笑い飛ばしながら、それでも。 Copyright ホロウ・シカエルボク 2015-05-04 22:24:03
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