星屑たちへ
opus

ズズズ
ゴゴゴ
砂を食みながら
波が蠢く

照りつける太陽の下
一匹のヤドカリが歩いている
ヤドカリはそそくさと
小さい足跡を残しながら
一目散に
よたよたと歩いている

「早く岩場を探さないと
早く、早く」

空には2匹のトンビが
ぐるぐると飛び交っている
ふわっと旋回し
ひゅっと降りたち
何かを掴んで
舞い上がる

ヤドカリは
小さく丸まって
お腹を抱える
お腹には黄色い
無数の卵が

「早く、早く
岩場を探さないと」
ヤドカリは
そそくさと先を急ぐ

ヤドカリは海岸の端の
静かな岩場で生まれ育った
ヤドカリは白地に
薄桃色の花びらのような
模様の入った
貝殻を背負っていた
母から譲り受けたその殻は
最初は大きかったものの
成長するとともに
次第にぴったりのサイズに

その殻に小石が一つぶつけられた
小石をぶつけたのは
幼なじみの鈍色の巻貝を持つ
ヤドカリだ
「何よ?」
「何だ?」
「何なのさ‼」
「何でもさ‼」

ヤドカリはそこで
卵を産んだ
そして、ほぼ同時期に
体に不釣合いになってきた
薄桃色の花びらの貝殻から
土色の貝殻に背負い替えた

空は夕景を示し始めた
ふと、向こうから
サンバイザーをつけた女性と
ゴールデンレトリバーが走ってくる
ヤドカリは身をすくめる
「お願い、気付かず行って...」
駆け足が近づいてくる
ざっざっざっ
そして、
そのまま通りすぎた

「あ‼」
女性の声が上がると共に
ゴールデンレトリバーが
こちらに向かって走って来て
すぐそばで立ち止まった
はっはっはっ
と息がかかる
はっはっはっ
はっはっはっ
そして、
口を開けて
パクッと
側に転がっていた
木の枝を咥え
そのまま行ってしまった

ヤドカリはそのまま
そこで竦んでしまった
涙が出てきた
怖い
恐ろしい

その時、
お腹の下で
卵がカラカラと音をたてた
ヤドカリは目を見張った

ヤドカリは立ち上がった
そそくさと一目散に歩き出した
息が切れ、
腹が減り、
足が縺れ、
それでもなお、
歩みを進めた
それでも
視界には砂浜ばかり
ヤドカリは
歩いた
歩きに歩いた
しかし、
その歩は止まった
足が動かなくなった
ヤドカリは
ハサミを伸ばした
まるで這うように
ずずっ
ずずっ
少しずつ前へ
前へと

その瞬間、
ズズズ
ゴゴゴ
砂を食み
伸縮を続ける波が
一際大きくせり上がり
ヤドカリを飲み込んだ

気付くと
深い海の中
ゆっくりと
ゆっくりと
沈んでいく
海の表明では
月がゆらゆらと揺れている

ヤドカリは最後を悟った
これで終わりだと
「ゴメンね、赤ちゃん。
ゴメンね、あなた。」
するっと
右目から零れでた涙が
海に溶けた

その時、
お腹の卵が
もごもご
もごもご
パキッ‼
ひゅっひゅっひゅっと
まるでエビのような姿の子供たちが
勢いよく飛び出した

その半透明の体は
月の光に照らされて
キラキラと光り
その様子はまるで
駆け巡る流れ星の様だった

「お母さん、
産んでくれてありがとー‼」
その声が耳に届くと同時に
ヤドカリは静かに
目を閉じた

岩場では
目を凝らすと
もぞもぞと蠢く者たちがいる
静かに細々と
暮らしながら
そこにはいくつもの
連なりが広がっている
ほら、ここにも
薄桃色の花びらの模様をした
小さな貝殻が転がっているよ



散文(批評随筆小説等) 星屑たちへ Copyright opus 2015-04-15 21:00:03
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