ヒヤシンス

 オルゴールの奏でる短調の流れの中で僕らは出会った。
 静かな避暑地の美術館に君の麦藁帽子は雄弁で
 僕の黒髪に風を寄越した。
 グランドテラスでは老夫婦の会話の隙間から優しいカモミールティーの匂いがした。

 午後の柔らかな日差しが差し込む小さなアトリエでは
 若い絵描きが君の横顔を必死に描いていた。
 目の前の絵画を透かして君の視線を期待していた僕は
 レモン色のワンピースを纏った君にただ見とれていた。

 
 向こうの絵画越しに初めて君と目線が合ったとき
 僕はとても幸福で、ぎこちない笑顔を浮かべた。
 軽く会釈を返した君は優しい天使のようだった。

 君が美術館を立ち去ろうとしたとき僕は一枚の名刺を握り締めていた。
 次の瞬間僕はその名刺を自分のポケットにしまった。
 オルゴールは悲しいほどに短調な響きを奏でていたままだった。


自由詩Copyright ヒヤシンス 2015-04-02 06:08:00
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