是々非々さん
アラガイs


僕の会社では陰口が横行している。同僚などは皆知らないうちにあだ名で呼ばれているのだ。特に上司にはよく胡麻を摺る社員を皆是々さんと呼び、口やかましい上司を非々さんと呼びあっていた。
そんな中にあって是々非々さんとあだ名のついた二年先輩が居た。
ある日、会社の屋上で昼食のサンドイッチをつまんでいると是々非々さんが僕の横にやって来た。
( やあ、アラガイくん、あれだな、口は災いの元って言うが、本当だな。これ、ひとつどうぞ…。)どうやら昼食はいつものたこ焼きとおにぎりで済ますらしい 。(あ、どうも…)予め刺してあった爪楊枝で、僕はたこ焼きをひとつ頂いた。
( どうしたんですか?) 是々非々さんは一口お茶を口に含むと一気に飲み干した( うーん、実はエムのことなんだが…) そして喉を鳴らしながら唇を突き立てた。 ( エム? エムって、あの最近通い出したスタンドのことですか? 美人の親子がやっている )前に一度、新年会のときに連れて行ってもらったことがあった。雑居ビルの二階にあるその店は、四十過ぎの艶やかな母親と大学生の娘が手伝いをしていた。ははあ、 どうもこれは色恋沙汰を持ち出してくるつもりだな。是々非々さんは尖った顎をしきりに掻き出した。( 大失態だよ、大失態。いやあ、 知らなかったんだなあ…今まで…) 言いかけたところでおにぎりをモグモグと食べだした。(知らなかったって? 何をですか?)せっかくの昼休みなんだ。早く昼食を済ませて一寝入りしたかったのに… ( 先日さ、友人と飲みに行ったとき、ちょうど隣り合わせたお客と宗教の話しになってね。あれは、まずかったなあ。ぼくはけっこう飲んでたから、宗教団体の話しになったときにさ。きみも知ってるだろう?ぼくが宗教団体なんて嫌いなこと。散々悪口言ってしまったんだよ。)突きだした唇が大きく膨らんだが、相変わらず目元は穏やかな人なんだな是々非々さんは( あの宗教団体の悪口をですか、)なんだよ。そんなことでいちいち年下の僕に相談しなくたっていいじゃないか ( うん 、隣合わせた客と意見があっちゃって。 かなり酔ってたからなあ 。 そしたら店の中が急に白けちゃってね。特にママなんか、顔がひどいのよ 怒ったようになって…後で娘の子から聞いて、わかったんだ…)ふふ、つまり母親の方を怒らせてしまったわけだな ( どうしてママの機嫌を損ねたんですか? また冗談が過ぎたんでしょう 。)ああ これで昼休みは終わりだな…今日は我慢か 。 是々非々さんはおにぎりを一口食べると、お茶を一口と、まるで絵に描いたような食べっぷりだ。この人は何につけても交互が好きなのだ。( あの親子連れさ、実は、信者なんだってよ 。)あらま、そうだったの。(え?あの宗教団体のですか? )昼の休み時間も、残り10分を切っていた。



散文(批評随筆小説等) 是々非々さん Copyright アラガイs 2015-03-21 08:21:41
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