ヘイヴン
ホロウ・シカエルボク








異能の血液たちが
沸騰をはじめて
正常な皮質がひび割れる
構成する様々な体液たちが
色を変えながら
肌を染めながら―


グラスウール敷き詰めた壁の中
行くあてをなくした歌声の屍骸
羽虫のようにバラバラで
塵のようにあっけなかった
いつかはなにもなかったことになる
人の身体よりもずっと早く


一世紀も生き続けた鏡の
致命的な翳りを責めるのはよして
くすんだ像を精一杯の努力で
あなただと認めればいい


ヘイヴン
来るものたちと去っていくものたちの
足音が交わる場所
ヘイヴン
それでも爪先は誰ひとり迷うことなく
時のからくりのからみ合う中―


隣町の火事で死んだ五歳の少女の亡霊が
市場のほうで噂になっていた
あるものは拝み屋を呼ぶべきだと
あるものは放っておいてやるべきだと
誰にも正しいことは判らなかった
牧師様
手を差し伸べるべきでしょうか
放っておいて上げるべきでしょうか
神は
神が授ける真実はいつだって選択肢でしかないものだ


母親たちだけで
祈りのために行われる踊り
父親の居ない場所で
兄の
弟たちの存在しない場所で…
子宮がもしも神聖なものであるなら
わざわざそんな風に踊ることはないのに
犯されて孕んだ少女が
自らの喉を掻き切る前時代的な風習の終わり


ツー・トン
ツー・トン・ツー・ツー・ツー
ありとあらゆる人殺したちが
耳にしている血の滴りはきっと
モールス信号のように叙情的でしょう
アンティークな受話器の向こう側に潜む世界を
ねえ、聞いてる?
聞こえてる?あなたには…


砂と泥で出来た食卓の
誰も彼も過ぎ去ったあとの溜まり
開け放たれた窓を吹き抜けて遊ぶ風だけが
新しい世界の音を知っている


あのひとは、今日も、どこか遠くを見渡せる高い崖の上にいるのでしょう
かもめの歌に詩人の魂を聞いたような気がして、そのまま日が暮れるまで動けずに居るのでしょう
船を沈める人魚が本当に望んでいるものは、聴衆であるに違いない、なんて
的外れな詩篇を書いては海の藻屑に変えながら―


鍵の掛かった寝床で見る夢など
本当の夢とは言えない
御伽噺に馴れ過ぎた青褪めた子供たちは
駄々をこねれば手に入るものしか次第に求めなくなる


映画は裏側に隠すべきものを捨てて
チケットの枚数のためにわかりやすくなる
音楽は心地よさだけを求められて
誰かに似たものだけが生き残って
空っぽの舞台で録音された演奏が垂れ流されている


廃墟の食卓に着くものだって時には居るでしょう
そのものの理由がどんなものであれ
そのほかのどんな人間にもそのものを止める理由はないでしょう
同じ言葉をありがたがり過ぎて
違う文節を認められなくなるような愚かさを美徳と呼んで
「そこにあるものはとうに終わったものだ」と
テーブルの上のものを叩き落して御覧なさい
食卓に着いたものがすぐさま
喉もとに刃物を突きつけてくるでしょう
それは安易な美徳よりもずっと確かに
確実にあるものを終わらせあるものを凍りつかせるでしょう


道の上には風に乗って
はるか遠くからやって来た詩篇のかけらがありました
目に見えるのはほんの
ひとことふたことの言葉だけで
だからこそその詩篇には
たしかな言葉の連なりとしての意味があるのでした
やがてそれも
落葉や
わたしたちやそのほかの
ぶら下がる餌に踊るものたちのいとなみによって汚れちぎれていくでしょう
それは羽虫のようにばらばらで塵のようにあっけないでしょう
わたしは道の上に立っていて
時刻は死人たちに囁くような午前一時で
腕時計は冷たい春に冷えているでしょう


冬の終わる理由を憎まないで
春の始まる理由を





あなたが
終わらない理由を









自由詩 ヘイヴン Copyright ホロウ・シカエルボク 2015-03-21 01:04:40
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