幸せな人
葉leaf



最も幸せな人は木の上に住んでいる。風の満ち引きに体温の波をぶつけながら、細い枝とともにしなり、足がかりは隙間だらけで険しい空間を縫っていく。時たま地上に降りては大地の囚われの不幸を確認し、全ての原点であるがゆえの苦しみに同情する。すぐに木の上へと登っていき、原点の不幸が空間を上昇することで幸福に至る道筋を黙視する。

最も幸せな人は沼の中に住んでいる。手に足に絡みつく泥とどこまでも近く探り合い、泥のぬくみをかきわけて少しずつ前進する。脱出は見果てぬ夢として彼岸にたゆたう、だが夢は世界との諒解であり、世界の突端としての夢を磨き上げることで、泥の界面を丹念にそぎ落としていく。泥まみれの小さな達成同士が激しく作用し合うことで幸せは構成され、泥とともに身体全体に刻印を残していく。

最も幸せな人は日光の中に住んでいる。日光という太陽の権力を華麗に身にまとい、地上の全ての物質のすみずみへ、光りなさいと指令を下す。もともと太陽に愛されず太陽を憎んでいた人が、愛されることを求めずいちずに太陽を愛した結果、見事に太陽の愛を勝ち得て太陽と幸福な主従関係を結んだ。太陽の寵臣として、物質を光らせる権力をほしいままにしている。

最も幸せな人は風の中に住んでいる。気まぐれな風は起こったり鎮まったりするので、その度に生まれたり死んだりを繰り返している。存在と不在が風の気まぐれで明滅し、存在が裏切られる暴力に身を委ねる快楽が天を走っては消える。それでありながら、風の細かな方角を決めるのはその人なのだ。風を操る人は、風と共に大気の均衡を激しく崩し、風と共に大気の均衡の中に死にゆく人でもある。


自由詩 幸せな人 Copyright 葉leaf 2015-03-07 05:08:19
notebook Home 戻る