夕鶴奇譚
ただのみきや
*与ひょう(仮)
あなたのいのちの陰影を
はきだめから拾い集めた
文字の墨と二枚の舌で
なぞりたいのです
顏の砕けたおつうさん
どうか一編の愚行と
淡雪のような嘘を
あなたの羽と一緒に織って
吊るしてくださいな
吟の縦糸と禁の横意図で編み込まれた
昔語りの愚直な愛の四面楚歌で
わたしは醜い蝦蟇なのです
アブラカタブラ煙と化して
言葉の架空の重さを消し去りたい
真実は書き記されてまことを失ない
香りも味もしない実の模型となり果てました
求められているものは今風に外包みを変えただけの
地図や預言や経典なのです ああ災いなるかな知者の思想
与ひょうは批評をやらかしません
与ひょうは土俵には上がりません
おつうさんどうか契ってくださいな
もう金も反物もどうでもいいのです
あなたとわたしの子供なら
鶴びとならきっと越えて往けるはず
前も後も右も左も自分中心の見方です
獣に毛並の悟性です
東西南北だって一つの球の上のこと
天と地 それだけで与ひょうは十分です
無限に夢幻に手の届かない永遠の所在に渇きつつ
自分が居ります泥沼を知っていれば良いのです
歴史の文脈も思想の変遷も何のそのです
与ひょうは飄々と生きて往けるでしょう
さあ此処があなたを罠にかけた国
与ひょうがあなたを裏切った場所です
運ずも惣ども始めから居りません
みんなわたしの捏造です
おつうさん 駄目ならどうか
その嘴でわたしをついばみ喰ってください
あなたは迷いのアネハヅル
ヒマラヤ越えは難儀でしょう
与ひょうを鳥葬にしてください
そうしてあなたの血肉となって
わたしも白い峰を越えて往くのです
無辺の空白との境界に未完と果てるため
さあ機織りに括り付け
この意地汚い目玉をくりぬいて下さい
小狡い脳を啜って下さい
苦々しい腸を引き裂いて下さい
**おつう(仮)
ご主人 わたしは「おつう」ではありません
わたしはあなたの最後の正気のひとかけら
あなたの妄想の中で家政婦をしているものです
その機織りの糸を切れば悪い夢から覚めましょう
あなたは「与ひょう」ではありません
あなたは言葉狂い
誰からも認知されない自称の詩人
いつの頃からか詩の中の詩人に詩を書かせ始め
その詩の中へ実の生活を逐一詩へと変換して行った
少しずつ少しずつ現実を歪めさせながら
やがて詩の中で詩と変えられた奥さんも子供も殺して
言の葉の綾なる柄とした
おつうさんもこの詩の中であなたに犯され殺された
言葉狂いの鬼が喰ってしまった
この詩の中であまりにも長く過ごしたあなたは
己が詩なのか詩人なのかも忘れ果て
いまあなたは「与ひょう」と自分を呼びながら
わたしを「おつう」と呼びながら
最後の正気を喰ってしまおうと
一行の狙いを定めかねていたところでしょう
でも今 見えない糸が切れました
あなたの詩作の情熱を繋いでいた糸が血管と一緒に
いまこの詩は解かれます
行は裂け単語はばらけてやがて無秩序な文字の塵へ
すぐに文字すら識別できなくなり
何も感じなくなるでしょう
現実世界では家族はとっくに愛想を尽かし去っています
考えられない感じられないことはむしろ幸いかと
いま文字のからだが文字の心がぱらぱらと崩れ
あなたも あなたを書いた者も それを書いた者も
すべてが 砂のように塵のように崩れ去って往くのです
そうして いまこれを読んでいる眼に指先にも伝わって
***合唱(あるいは合掌)
茜 色 の 空 を 一 羽 の 鶴 が
ガ ル ツ ノ ワ チ イ ヲ ラ ソ
ノ ロ イ ネ カ ア
ノ ロ イ ネ カ あ あ あ
《夕鶴奇譚:2015年2月14日》