牛丼屋
アマメ庵

遅番の勤務が終わると、すっかり夜の真ん中だ
人も車も絶えた県道
遠くまで並んだ青信号

夜取り残した原色の電光看板
この店の窓はいつも結露でいっぱいだ
入り口を入って、半島型のカウンターを回り込んで座る

いらっしゃいませの明るい声
「牛丼、並。と、卵」
メニューも見ずに言う
注文はいつも同じだ
週に二度か三度は来る
店員も明るいおばちゃんか、茶髪のあんちゃん
顔くらいは覚えられているだろう
いつも同じ注文をすることもきっと知っている
それでも、知らぬ存ぜぬ
准えるマニュアル
こちらも、いつも律儀に応える
「いつもの」などとは言わない
現代都会のエチケットだ

時間が時間だから、客はいつも少ない
向かいのカウンターの作業服の男は、ときどき見かける
もうひとり、カウンターのシャツの男は初めて見かける
テーブル席にダウンジャンバーの女性
彼女もときどき見かける
見かけるときはひとりで、決まった奥のテーブル席にいる

ほとんど間を置かず注文が届く
素晴らしい提供スピード
牛丼に卵をぶっかけ、書き込む
不味くはないが、美味くもない
最近、何を食べても美味いと思わない
エサだなコレは
命を永らえるためだけのエサ

時間はかけない
さっと食べて、さっと会計
去年末にちょっと値上げされた
それでも360円
どうせ他には大して使い途のない金だ

店外に出て、煙草を吸う
いつも、ここで一服
一昨年、社内が禁煙になった
去年には、通勤用も兼ねたハイエースも禁煙になった
過去のヤニの上に貼られた、禁煙ステッカー

ダウンの女性が出てくる。
「火、貸して貰えますか」
話かけられたのも、声を聞いたのも初めてだった
あぁ、 とか、うん、とか声にならない返事をして100円ライターを差し出す
彼女はハンドバッグからバージニアスリムを出して吸い付け
原色の電光看板に煙を吹きかけた
「ありがと」
俺の声にならない返事を聞くか聞かないか、
さっと振り返って、白いフィットに乗って行ってしまった

あれから、牛丼屋ではなんとなく彼女を探してしまう
いたり、いなかったり
やあやあと声をかけたりしないし、一緒のテーブルに座ったりしない
目が会えば、会釈して、彼女が目礼を返す
あるいは、携帯の画面を見たままこちらには気付かない
それだけだ

それでもあれから、少しだけ牛丼が美味しく感じる
彼女は、紅生姜みたいなもんかな
と思う


自由詩 牛丼屋 Copyright アマメ庵 2015-01-28 12:17:35
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