三番目の彼女(後編)
吉岡ペペロ

それから数日間、サエコのことをよく考えていた。
それは彼女が誰に殺されたのかというより俺の喪失についてだった。
サエコはいずれほかの男と結婚するだろう。そう思っていた。だけどそれは俺にとって喪失ではなかった。
でも今確実に俺は喪失のなかにいた。
身近なものがなくなるとはこういうことなのだ。
その数日間はツートップと頻繁に会った。
サエコの事件については話さなかった。話したくなる気持ちがないでもないのが怖かった。
ツートップにはやたらとフェラチオさせた。
俺はフェラチオが嫌いだった。歯があたるのが嫌だった。
フェラチオさせながら腹や胸やキンタマを撫でさせた。
でもやはり歯があたるとイラッとした。
ルルはよく鳴いた。
インコのカゴに指を近づけると寄ってきたルルによく噛まれた。甘噛みのつもりかも知れないが痛い。
顔を近づけ髪の毛をカゴに突っ込むとルルは俺の目線に移動した。
そうするとルルは落ち着いた。
フェラチオの痛さはなんなのだろう。彼女たちの甘噛みなのだろうか。彼女たちの技術不足なのだろうか。
ツートップたちはいつもと同じだった。話しもからだも食や金銭感覚も相性がよかった。
ふたりには警察の手ものびていないようだった。
ツートップのひとり、サクラのフェラチオは芸術的だった。
されたあといつも先が美しい紅色に染まった。
舌で丹念に見えないカスまで浄めてくれるのだろう。
こんな紅色を使って絵を描いたらなにかの賞をとることは間違いないだろう。
でも歯で痛いことには変わりがなかった。
ツートップといるあいだだけサエコのことを忘れることが出来た。
サエコに殺される事情があったことに悲しくなっていた。
ホテルに入るとサエコはいつも俺のカラオケを聞きたがった。
それにうっとりして勝手に感じやすくなっていた。
サエコは家族の話や職場の話、友達や子供の頃の話をよくしていた。
こんなにいっぱい話をしたらもう誰にも話すことなんかなくなるの、と言っていた。
俺もいまそういう喪失のなかにいた。

玄関をあけるといつもの静けさだった。
朝の慌ただしさの余韻がすこしだけ残っているような気もする。
ルルがいたころは鍵をあけているだけでルルの鳴き声がけたたましかった。
俺がスーツを着替えているあいだルルはずっと風鈴を鳴らした。
いい音色に包まれながらそれには見向きもせずテレビをつけニュースを見ながら夕刊を読んだ。
静かなリビングでテレビをつけて夕刊を読みはじめた。
記事を見てえっと思いテレビからもそれが聞こえて息があがった。
サエコを殺した犯人が捕まったのだ。元恋人だという。去年の9月まで一緒に暮らしていたのだという。それからもサエコは犯人とはたまに会い、犯人宅からじぶんの荷物を引き揚げにゆくと言ってその二日後自宅前に遺体が置かれていたという。
俺はそのニュースを浴びるように見ていた。
耳のうしろが痛くなっていた。動悸がはやくなっているのが分かった。
サエコが猫と撮った写真が公開されていた。よく見馴れた写真だった。
サエコについて知らないことが多かったことが不思議だった。
でもそんなのは当たり前のことだとすぐ思い直した。
ルルがカゴの床にいることが多くなった。
あんなに鳴いていたのはいつ頃までだったのか。
ルルはあきらかに衰弱していた。
獣医に診せにゆき薬をもらい俺は思い出したように話しかけるようになった。
ルルはもう風鈴を鳴らす元気もなかった。
ガリガリじゃないですか、獣医に責めるように言われて俺はじぶんを責めた。
一日中部屋を暖房であたためた。
会社から帰るたび朝起きるたびルルをすぐ見にいった。
ニュースは驚くほど長い時間この事件を報じていた。
サエコの声が消えなかった。
家族の話や職場の話、友達の話や子供の頃の話。
風鈴がけたたましく鳴っていた。
俺は電子レンジのうえの風鈴に目をやりまたテレビに目を移した。
それはテレビから聞こえているような気がした。
ニュースが次の話題に移っていた。
俺は立ち上がりふらついた。
電子レンジのほうに向かいながら俺はサエコのほうに向かっていた。
風鈴がやんでいた。
サエコもルルももういないのだ。
ここがどこなのか分からないがもうここにはいないのだ。














自由詩 三番目の彼女(後編) Copyright 吉岡ペペロ 2015-01-15 21:35:09
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