忘れ物
オダ カズヒコ
ホテルの朝
女はパンツも穿かずに
うつ伏せに寝ていた
夏になる
少し前のこと
昨晩
勢いにまかせて女を抱いたが
避妊を忘れた
女の中には
俺の残した
幾つかの忘れ物が
まだノコサレタままだろう
ドウセハラマナイ愛だと
なんとなく思った
しかし俺はこの女についていったい何を知っているだろう?
こういった自問は
愚問だと知っている
しかしなぜだか問わずにはいられない
女が汚くみえた
あれほど美しかった昨晩の彼女も
窓辺の夜景も
この這いつくばった世界の
押しつぶされた重みに
耐えられない
気分は最低だった
ところで
この女が俺にとって救いだったことがある
心を分かち合える
唯一の人間が
彼女だ
そう思ったことがある
嘘ではない
事実だ
しかし俺はいま知っている
事実の不確かさを
不確かなものにすがる
愚かな人間たちを
ニンゲン
このさみしい生き物たちを眺めていた
ときに駅のプラットホームで
コートや帽子や手袋やスカートなどを身にまとい
まるで文明の終着駅に向かって揺れる
硬直した肩と
険しい表情
どこかで終わろうとする世界に向かって
走り続ける電車に
ただ黙って
腰を掛けるニンゲンたち
電車を止めてくれ!
あなたの本当の肉体を差し上げましょう
男は言った
俺は電車にひかれ
グチャグチャになった自分の体を見ていた
はねられたのか?
俺は男を見た
職場へ向かう途中
あなたは人生に希望を見いだせなくなり
耐えられなくなり
電車へ飛び込んだのです
そんな馬鹿な話があるかよ
俺には家族も愛する人たちもいる
責任や義務だってある
自ら飛び込むなんて・・・
ありえない
あなたは酷く病んでいた
鞄の中にはいつも遺書がしのばせてあった
それだけじゃない
私は証拠を握っている
死神は俺を見つめると
俺の魂を右手でギュッとわしづかみにし
歯磨き粉のチューブみたいに捻り出した
白い命の
軽やかなカーブと
カタマリとヲ