時間の概念の分岐、無数の死体を振り回し、すべてに点火しろ!
ホロウ・シカエルボク









膝を折りたたんだままで夜の中に沈んでいく、ついこの間まで鳴き叫んでいたはずの虫どもはすっかり死んで沈黙してしまい、取り壊された隣家の建物のあとの更地に生えふさぼった雑草たちもくず折れて色を無くしている、ときおり建物を揺らすほどの強い風が吹いて、築数十年が経過した継目は悲鳴を上げる、俺を巻き込まないでくれよとひとりごちながら今日の断絶をテーブルに並べ、その中に取り戻さなければならないものがないかどうかチェックした、そんなものはない、そんなものは見つかったことがない、ときどき砂金でも探している気分になる、取り戻さなければならない、断絶、そんなものはこの世に存在しないのだ、切れた糸は捨てていかなければ、糸くずにまみれて動けなくなってしまう、約束や予定や恒例行事などなるべく無いほうがいい、時間を煩わせる出来事なんてなるべく無いほうがいい、切り捨てるのは上手に越したことはない、気をつけないとすぐにまとわりついてしまう、その時点の判断でいい、その時点の判断でそれからは忘れてしまえば、煩わしいことなどほとんどなくなるのだ、そして俺は飲み込まれた夕食のようにグジャグジャになって、夜の胃袋の底へと落ちていく、生温い、そして肌を焼くような痛みを覚える夜の胃液の中で、俺は自分がもしかしたらそこから出たことがないのではないかという気分になる、本当はすでにこの夜の胃液の中に溶け切ってしまっていて、胃壁に張り付いた残留思念が長い夢を見ているだけなのではないだろうかと…溶けてしまうことは怖ろしくは無い、それは夜の間だけ続く痛みだからだ…痛みも、苦しみも、蟠りも、無いよりはあるほうがいい、少しあるよりは、たくさんあるほうがずっといい、それは俺を不思議な緊張の中に放り込む、まるで胃液の中で溶けるのを待っているときのような不思議な緊張の中に…痛みや、苦しみの無い世界を否定しているわけじゃない、そんなものは俺には必要ないということだ、というより、そう思うほうが自然だと思える状況が俺を作ってきたのだ、不幸など背負ったことも無いが、生来的なものが奇妙な足枷を必要としているとでも例えればいいだろうか…?夜の胃液の中で溶けるのを待っている、夜の胃袋の中は凍りつくみたいに寒いけれど、その痛みにはどこか優しいものが隠れているような気分になる、それはもしかしたら、愛すべき愚かしさを抱えて離そうとしない愚かな魂の安堵なのかもしれない、いま、何時くらいだろう?相変わらず膝を折りたたんだまま俺は考える、最後に時計を見てからいったいどれくらいの時間が過ぎたのだろう?あまり時計を見ることがないのだ、時計はあることはあるけれども…それはいつでも俺の背後に置かれていて何かの拍子に目に入るという程度のものに過ぎない、俺にとって時間と言うものはそれ以上の意味を持たない、そもそも時間と言う概念自体、便宜的なものに過ぎないのだから―だから俺はいつでも、時間というものを突き詰めたことが無い、そしてそれはたいていにおいて、疑問として生まれたままでそれ以上育つことはなく、青白く死んで一瞬で灰になって消えてしまう、時間という概念の死、時間という概念の死だ…おさないころ、俺は時間の真中に乗ることが下手だった、いまを通過しながら、常に数時間後の世界のことを考えていた、授業を受けている間には家に帰っているところを、家に帰ってきたときには明日教室に入るところを…俺は常に未来を追いかける癖があった、無意識にそんなことばかりしていたせいかもしれない、俺の部屋の中には、俺が居ないはずの時間に存在する俺が居た、部屋の中で一人で何かを話している俺の声を家族が何度も聞いていた、外に居る誰かの話し声の反響か何かだろうと俺は思っていたが、俺はこれまで自分が時間の概念の中で迷子になっていたことを認識したことが無かった、それに気づいたいまは当時のことを考えると確かに、俺はあの時教室と部屋の両方に同時に存在していたのだと思える…こんなことはないだろうか?いまはもうないはずの店や建物の中で、いままでと同じようにそこで買い物をしたり寛いだりしている自分というような想像が浮かぶことは…?そう、思えばそれは、未来に追いつこうとしていた子供の時代には無かったことだ―俺は過去を追いかけているのか?違う、そこには追いつこうとする感触は無い、では、懐かしんでいるのか?いや、それは解雇するにはあまりにも現実的な質感を持って浮かんでくる…おそらくそこに何かあるのだ、おそらくそこに…思うに子供のころには、昔というものがなかった、胸の中を掻っ捌いたときに溢れ出してくるものが無かった、カラだと判っている引出しに手をかけるものは居ないだろう、要するにそういうことなのだろう…つまり多少の印象の変化はありながら、俺は相変わらず時間の概念の中で迷子になっている、それはより複雑化しているのか、それともより単純になろうとしているのか、それは判らない、ただひとつ言えることは、俺はそんな緊張の中で生きることを楽しいと感じ始めているし、迷子でなくなることなどまだ当分無いだろうとおそらくは理解しているということだ…はぐれもの、どこへ行く?はぐれもの、どこへ行く?時間の概念の中には無数の分岐がある、クロスロードなんてまるでメじゃない、上下左右にぶん回されて、眩暈の中で笑い声を上げるのだ、そいつはとんでもない回転数だ、鉄球の中を走り回るサーカスのブラックライダーみたいにさ、加速して激しく動き回るんだ、加速して激しく動き回るんだぜ、俺の引出しの中に詰まっている今昔、そいつはみんな火をつければあっという間に燃え上がるもので出来ているのさ!









自由詩 時間の概念の分岐、無数の死体を振り回し、すべてに点火しろ! Copyright ホロウ・シカエルボク 2014-12-27 00:59:27
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