イメージだけがひとり歩きだす場所で
ただのみきや
そうして物語の行間
壊れた時計から逃げ出せない二人は
互いの体臭を帯びた愛の上澄みのやるせなさが
ゆっくりと肺を満たし魚に変わるまでの昼と夜を
ナイフのような耳で削りながら冷たく灯していた
忙しなく翅を震わせる裸の思考だけが無邪気に
あてどなく記憶の墓を掘り起し旅支度を整える
肌の透けた少女の捻じれた手首にかけられた呪法の紐
水筒から水を注ぐ巡礼者たち目蓋の裏に刻まれている
光の鎖に繋がれた黒い聖母像が灰になることはなく
瞬きの度に暮らしの手足を喰らう黒い花が埋め尽くす
ひとかけらの狂気を求めて彷徨う者たちが異端者なら
狂気を番犬のように飼いならした者たちを何と呼ぶのか
古いモーテルの花瓶に置き去りにされた花が
自らの死を賛美するように乾く涙の痕すらなくその面影が
告白したかつて多くの愛人たちを囲った男が最後に
望んだものはひとかけらのパンよりもささやかな
看取りの手の温もりだったように
求めることが罪悪なら求めないことは孕まぬ胎であり
死を拒むことは生を拒むことだと
荒野に立ち尽くす一本の灌木が宵の虚空に血を巡らせ
岩陰のトカゲが舐めとるひと雫の水滴に浮かぶ銀河
かけ引なしの不朽の命のざわめきを
不夜城の四角い窓へ吐き出したその刹那
流れ星か目覚めの夢か
ひと匙の純粋が紅茶に溶け去るように
残り香だけがそっとつま先を反らすふり返ることもなく
そうしてただひとり二人はただ独りの火種のように
かき集めるまだ歯も揃わない言の葉の衣擦れに欹て
指先が止まれば一瞬に老いて奪われる硬化した自我を一枚
また一枚と脱ぎ捨てて物語は死なない否死ねない
物語は寄生するそして新種のように
色も形も異なる花を咲かせて魂の人型に蔓を捲き
棺の中までも埋め尽くす終わりもなく限りもなく
真理につきまとう影のようにそれは自ら語らず
どこまでも騙し続ける顏をそむけたくなるほど甘美な嘘に
舌と唇を委ねてしまう者がまた現れて果てしなく紡がれる
宛も現実の面持ちで虚構のジグゾーパズルにねじ込まれた
わたしは句読点もなく反乱する砂漠に埋もれた海星の化石
世界を齧る味覚障害の死人による理不尽な復讐だった
だがどんなに振りかぶって投げてみても放物線を描いて
見渡せる場所にしか落ちはしない殺戮のリンゴその中心の真空で
わたしはわたしたちはひとつであり分裂し劣化する
無数の堕胎された成りかけの比喩や剪定された過剰な修辞
繋ぎ合わされた言語的疑似生命として帰属する領土を求め
空白を食むこの行進に世界と和解し疎通する意思はなく
まだ見ぬひとつの贖罪の詩片を磔にするための十字架だけが
担がれたままやがてそれが何であったかも忘れ去られ
黒々と世界の目蓋が閉じるまでこの静かな進軍は続く
そうして物語の行間
虚実の境に身投げした二人は縒り合され螺旋を描き
ひとすじの異なる物語の一節となって寄生木のように
月を掴んで半開きの扉となり濡れた罠となって曙を仄めかす
だがやっと伸ばした指が舌先が触れるや否や
焦げ痕も残さず感触だけが朧となって微笑むかのよう
時を違えて何も語らない無形のオベリスクよ
イメージだけがひとり歩きだす場所で
わたしは干からびる砂時計の文字がいま尽きる
《イメージだけがひとり歩きだす場所で:2014年12月17日》