忘却
岡部淳太郎

混沌の中に
夜はある
夜の中には数多の息が
凍りついたまま存在していて
人々はその下で
ぶざまな眠りを眠っている
君は
やがて忘れ去られる
それが君の運命である
目的を持たない淋しい人々の行列のように淋しい
街灯の行列の
途絶えたところ
そこで君は
夜の中に凍る息となる
それは遠い未来のことではない
君だけではない
誰もがみな
遠からず同じ途をたどる
誰もが
やがて忘れ去られる
それが人の運命である
だからこそ人は
やがて自らもそうなるであろう
夜の息を
そっと取り出して
掌の中で暖めて解凍し
息がその内に秘めていた遠い
物語を
歌うように愛撫する義務がある
そうすることで夜の混沌は
いくらかでも整理されうるのだ
君よ
君がまだ生きていて
青い血管の脈動とともにあるいまのうちに
ぶざまな眠りから起き上がり
誰からも忘れ去られてしまった夜の息の
いちばん近いひとつを選んで
暖めるのだ
君は
やがて忘れ去られる
それが君の運命であるのなら
忘却ということの
その恐ろしさを
君が知っているのなら



連作「夜、幽霊がすべっていった……」


自由詩 忘却 Copyright 岡部淳太郎 2005-02-02 20:07:04
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夜、幽霊がすべっていった……