そのとき光の旅がはじまる
yo-yo
乳母車を押して
雪道を祖母が
駅まで迎えにきてくれた
ずっと昔
汽車は忘れるほど駅に止まってたもんや
毛糸玉がだんだん大きくなっていく
古い服が生まれかわって
新しい冬を越す
ぼくの記憶はまだ始まっていない
土手のヨモギは緑のままだった
小さな手はさみしい
さみしいときは誰かの手をもとめる
さみしいという言葉よりも早く
手はさみしさに届いている
温もりをたしかめる
そしてふたたび
手を振ってさよならをする
手にさみしさが残る
重たい引戸をあける
敷居の溝が好きだった
2本のまっすぐな木の線路を
ビー玉をころがし
目的地もなく行ったり来たりして
光の旅をする
冷たい線路に
小さな耳を押しあてる
聞こえるのは遠くの声ばかり
鉄のことばは風のことばに似ていた
近づいてくるのか遠ざかっていくのか
耳の風景がさまよっている
どこかで
音と音が連結する
やがて音は山と山を連結する
山と空を連結する
ときどき山が近づいてくる
大きな背中のような原生林を駆けぬけて
ふたたび山の音が返ってくる
日なたの匂いが満ちる
貨物列車の長い鼓動が
夢の淵をわたる
だれかが山を運んでいるみたい
夜のうちに山が海になったらどうなるのか
つぎつぎに虹色のビー玉を転がしつづける
ガラスの風景はすばやく変わるので
闇の速度に夢は追いつけない
あてのない光の旅だった
冷たくて丸い
ビー玉の小さな光を追いかけ
やがてガラスの遊びに飽きたら
山を越える決心をする
錆びた線路の向こうに
人々が立っていた
発車のベルが鳴って
ぼくはその時を知った
始まりの時ではなく
終わりの時でもなかった
時と時が連結する
鉄と風が連結する
今日と明日が連結する
そして出発進行
古い線路と新しい線路が連結する
古い音と新しい音が連結する
鉄と風が響きあうように
誰かが
ぼくの冷たい耳をノックする
ガラスのドアが回転する
光がとび出して
新しい旅がはじまる
おばあちゃんの駅は
いまではもう無人駅だよ
ビー玉の列車も
あっという間に通りすぎてしまうんだよ