Googleマップの中の家
小川 葉
探しても、探しても見つからない、私たちの家。
妻と私は数年前、偶然にもほぼ同じ時期に、生まれ育った家を失った。
それは震災のためでもなく、津波に流されたわけでもなく、人知れず静かに。
被災者でもなく、静かに、故郷の家を手放さざるを得なかった、そんな家族も、この世にはたくさんあるのではないだろうか。
妻と私は、最近更新された、Googleマップのストリートビューで、自分の家を探す。
「うわあ、ほんと見つからないわ」
「ほんとうに、なくなったのね、私の家」
「おれの家も」
それぞれの家があった、その辺りには、見たことのない、新しい家が建っている。
おばけみたいに、建っている。
「ほんとうに、人が住んでいるのかしら」
「駐車場に、クルマが止まっているから」
「でも、なんだか気持ち悪いわね。自分が暮らしていた場所に、他人が住んでいるなんて」
「おれが暮らしていたことなんて、知らないんだろうね」
「知らないんでしょうね」
それから妻と私、それぞれの、Googleマップの中の家をながめたまま。
「帰りたいか」
「帰りたいけど、帰りたくない」
「おなじく」
そう言って、また沈黙。
すると息子、遊びに行った友だちの家から、ガチャガチャと、アパートのドアの鍵を開け、部屋にドタバタ帰ってくる。
「お母さん、腹減った」
と言って、帰ってくる。
もう、私たち、どこにも帰らなくていい。
妻が笑う。
急いでご飯の準備をする。
それから息子は楽しそうに、友だちのことを話す。にぎやかに、にぎやかに。
「お母さん、ご飯、まだ」
と、せかしながら。
もう、私たち、どこにも帰らなくていい。
心の中で呟いて、
二人は二つの家を、そっと閉じた。